御者のお仕事。

月芝

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114 決死隊

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 刻一刻と迫る氾濫の脅威。
 これに対抗すべく、南北にある城門を固く閉じ、戦いの準備に追われる都市アジエン。
 そのさなか、封鎖されているはずの南門がわずかに開き、ひと目をしのんで素早く出立する一団があった。
 第一等級御者であるおれことダイアが手綱を握り、騎獣である緑のスーラが牽引する荷車。これを囲み並走する二十の騎兵たち。
 総勢二十一名と一体の集団。
 俺たちはこれより押し寄せる氾濫の波をおおきく迂回して、山より降りてくる慮骸アカシオへと起死回生の一手を放つべく決死の強行軍を敢行する。

 無言のままひたすら前だけを向いて駆け続ける一団。
 俺は懸命に手綱をふるうかたわら、同行者たちをちらり。
 今回の作戦、はっきり言って生還率は極めて低い。
 そんな貧乏くじをみずから選んだ酔狂な連中。だというのにその顔に悲壮感は微塵もなく、むしろ晴れやかですらある。
 どいつもこいつも、棺桶に片足を突っ込んでいるような老兵ども。
 だからとてくたびれているわけじゃない。あの地獄の大戦を潜り抜け、今日までのうのうと生き残ってきたしぶとい奴ら。どいつもこいつも不敵な面構え。

 出発前の顔合わせのとき。
 俺たちは互いに名乗らなかった。
 握手もしなかった。
 ただ目を合わせて、うなづき合うのみ。
 唯一、言葉を発したのは連中のうちのひとりだけ。

「あんちゃんは、何があっても止まるな。絶対にうしろをふり返るな。そして意地でも奴のもとに辿り着いて、この作戦を成功させてくれ」

 各々、思うべきところ、守りたい人、場所、モノなどがある。
 そのために身命を賭す覚悟はとっくにできている。
 ゆえに男たちに余計な言葉は不要であった。

  ◇

 西へ西へ、猛然と荒野を突き進む。
 後方の都市アジエンはすでに豆粒ほどの大きさとなっている。

「おいっ、あれを」

 並走者のうちの誰かが声をあげた。
 彼が顎先を向けて、差し示したのは右方面。
 地平線をなぞるようにして、真一文字に砂煙があがっている。
 氾濫の波……。
 ついに視界に映る距離にまで到達したのだ。

 直後のことである。

 ドーン! ドーン! ドーン!

 雷鳴のごとき大音が響いた。
 発したのは都市アジエン。城壁の上に設置されてある大砲が火を吹いたのだ。大砲といっても原始的なモノにて、火薬で鉄の球を打ち出すだけのシロモノ。
 まだまだ射程距離内ではない。にもかかわらず放ったのは怯えや勇み足ではなくて、都市内のみなにこれより戦いが始まることを報せる合図と、自分たちの方に氾濫を誘き寄せるため。
 それすなわち、決死隊であるこちらを援護する意図が込められている。
 激励、応援、願い……。
 託される想い。
 腹の底にズシンと響く音に後押しされて、俺たちは懸命に駆け続ける。

  ◇

 進路上、右前方に野犬の群れが出現!
 野犬といっても、ただのイヌっころではない。
 狂った生態系の影響をもろに受け、かつて人類の友と呼ばれていたのとはまるで別種の狂暴な生き物。いつも腹を空かせてはヨダレを垂らしているあいつらに捕まったら最後、骨も残らない。

 おそらくは氾濫より先行してきたのであろう。このままでは隊の横っ腹に喰いつかれることになる。
 これに対処すべく決死隊から四名の小集団が分かれた。そのうちの一人が操る馬の後部には直前に荷台より降ろした小樽の姿もある。
 樽の中身は火薬。行きがけの駄賃にサッシーがくれた餞別は全部で六つ。
 若者としては「これで窮地を切り抜けろ」との想いで託したのであろうが、どうやらちがう用途に使われることになりそうだ。

 分かれる直前、小集団の面子が一瞬、こちらを見た。
 四人分の視線を俺は真っ直ぐに受け止める。
 目を見れば彼らが死ぬつもりなのはすぐにわかった。だから俺は危うく「すまない」と詫びの言葉を口にしそうになるも、それをぐっとこらえて飲み込む。

 まばたき程度の短い無言の別れをすまし、男たちは腰の得物を抜刀しては雄叫びをあげ、野犬の群れへと突撃していく。
 すぐさま獣の咆哮に戦士たちの怒号が入り交じり、血風が舞っては、あたりに濃厚な血のニオイを漂わせはじめる。するとそのニオイに惹かれてさらなる獣らが集まり、幾重も折り重なり輪となった。

 それを横目に俺たちは敵勢をやり過ごし、一路、慮骸アカシオを目指す。
 しばらく進んだところで後方より爆発音が聞こえたが、俺たちは誰ひとりとしてふり返りはしなかった。


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