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112 対策会議
しおりを挟む慮骸アカシオの出現と、それを起因とする氾濫の発生。
急報がもたらされた都市アジエン側の動きは早かった。
すぐさま関係各所に通達し、緊急事態宣言を発動。国に応援要請をするかたわらで総動員体制へと移行し、近隣集落へと避難誘導する部隊を派遣。そのいっかんとして俺たちのところにも迎えを寄越してくれたという次第。
自前の荷車と迎えの分とで、どうにか全員が徒歩でなくなったことにより、行軍速度は格段に上がる。おかげで俺たちは氾濫に追いつかれるよりも先に都市入り出来た。
壁の中は上を下への大騒ぎであった。
なのにおもいのほか取り乱すことなく、各々がやるべきことに邁進しているように映るのは、先のカキンチャク騒動が効いているのかもしれない。良くも悪くもアレが予行演習になったせいか、組織がきちんと機能している模様。
リリンとウタカは「集落のみんなが心配だからいっしょにいる」というので、そちらは相棒のメロウにまかせて、俺はひとり運送組合支部へと足を運ぶ。
報告と今後の指示をあおぐためだ。
ひょっとしたら、御者として「五候の遺児のみ先に王都へ輸送せよ」と命じられるかもしれないと考えた。
しかし面会した支部長の判断は「ここで防衛戦に協力して欲しい」というものであった。
すぐさま出立したとて無事に旧ガロン領より脱出できるという保障はない。女連れの旅路。急ぐあまりうっかり窪みにでもはまって車輪が壊れでもしたら、そこで終わる。
一方で頑強な壁があり、人材も物資もある程度揃っている都市アジエン。いざともなれば例の下水道に潜るという手もある。
はたして生き残る確率が高いのはどちらか、ここに留まるべきか否か。
俺は「依頼人の意向を聞いてみないことにはな」といったん話を持ち帰らせてもらうことにする。
とはいえ先の彼女たちの態度からして、答えはすでに出ているようなものだが、いちおう確認だけはしておかなければ……。
◇
「民あっての領です。民を見捨てる領主なんかに存在意義はありません。なによりせっかくガロン家を再興したところで、アジエンを失ってはどのみち意味がありませんから」
「さすがです、リリンさま」
主人であるリリンはきっぱり逃げる意思がないと言い切り、従者であるウタカもそれに追随する。
大戦末期に一族郎党を失い、ひとり生き残った候家の姫君は、長らく辺境の市井に身を置くことで、ずいぶんとたくましく育ったようだ。
安全な王都に引き篭るしか能がない連中に、彼女の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。
でもって依頼人の意思が固まっている以上は、あとはやるべきことをするだけ。
俺はふたたび支部に顔を出すと、先の要請を受けることを伝えた。
◇
都市アジエンを担う主要人物らが集っての対策会議の場。
先の騒動のおりに活躍したサッシーなどの知った顔もちらほら。
その中にリリンとウタカ、俺の姿もあった。
リリンたちはガロン家の遺児であることがバレたことにより、将来の盟主として列席を求められ、従者兼護衛役のウタカはこれに付随。俺に関しては先のカキンチャク騒動での活躍が認められたのと、サッシーら守備隊の若手からの推薦もあってのこと。
というか、連中の目当ては相棒のメロウであろう。
なにせ遠方より強力な射撃が行えるのは、防衛戦においてはたいそう心強いことだから。
「氾濫はどうにかしのげるだろう。だが問題はアカシオだ」
「山の頂上付近を覆うほどの大きさとは……」
「おそらくは複数個体が寄り集まったのだろうが」
「そんなこと本当にありえるのか?」
「わからん。だが現実に存在している以上は認めるしかあるまい」
生体兵器である慮骸の敵は慮骸。
慮骸は相手を殺し喰らうことにより、核である慮晶石を吸収し、より強固な個体となる。もしくは混じりモノとよばれる複数の属性持ちへと進化する。
だからこそ同属性、同種のみにて合体している、あの超大なアカシオのような存在は、本来であればありえない。
「アレの行先は風に左右される。ひょっとしたらたまさか同じ風溜まりにでも転がりこんでしまったのやも」
との説が濃厚だが、真偽を確かめる術はない。
「しかしあれほどの規模の赤霧、どうやって払ったものやら」
「ありったけの火薬をかき集めて、吹き飛ばすとか?」
「無理だ。とてもではないが足りん。たとえ用意できたとて、どうやって起爆させるつもりだ。妖精の鱗粉のせいで遠隔装置の類は使えん」
「確実に着火させようとすれば、その者も爆発に巻き込まれる、か」
「では、核となる慮晶石を破壊するのは?」
「あの規模のアカシオの中をどうやって探す。うろうろしているうちに溶かされてしまうわ」
実体をともなわず、物理攻撃がほとんど効かない慮骸アカシオ。
これを撃退するには、強い風を起こして向こうに追いやる。
そして倒すには、唯一の実体である慮晶石を破壊するしかない。なお慮晶石のおおまかな位置ならば外部からでもわかる。もっとも霧の色味が濃くなっているところだ。
だが街ごと呑み込みかねない大きさのアカシオともなれば、これを人為的に誘導するのは、なまなかなことではない。
少なくとも現在の都市アジエンが保有する力では不可能。
それゆえにいくら知恵を絞ろうとも妙案が出ることはなく、話し合いはいっこうにまとまる気配を見せず、いたずらに時間ばかりが過ぎてゆく。
イラ立ちと焦燥ゆえに、ともすれば険悪がちになる雰囲気。
そんなさなかに、おずおずと手をあげたのは、これまで黙ってみなの話に耳を傾けていたリリンであった。
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