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111 救援
しおりを挟む東の空が白々としはじめた。
じきに夜が明ける。
徹夜の強行軍のおかげで、それなりに時間と距離は稼げたはず。
だが背後からずっと影のごとくつきまとっている不吉な気配は払拭できていない。
なのに一行の歩みは遅くなりつつある。みなの顔にも疲労の色が濃い。無理もあるまい。慣れない道行きなだけでなく、つねに身命を脅かされている状況。不安という重石を科されているので、消耗がつねとは段違いになるのだから。
体力はともかくこのままではみなの精神がもたない、遅かれ早かれ自滅する。
そう判断した集落の長は、ついに「少し休憩しよう」と言った。
一行の中で反対する者は誰もいない。
ほっとした空気が住人らの間に広がるのを横目に、俺はひとり集団からそっと離れる。荷車の轍を辿って引き返す。目指すのは先ほど通り過ぎた小高い丘。そこにちょうど物見によさそうな大きさの岩があったので、そこから後方の様子をうかがうつもりである。
岩によじ登り、天辺に立つなり俺は向かってきた砂塵に顔をしかめる。
夜更け過ぎより続く突風は断続的ではあるが、吹くたびに勢いを増しており、間隔も狭まっている。この調子だとじきに吹きっぱなしになるだろう。
風は逃亡する俺たちにとっては追い風となるが、それは慮骸アカシオや氾濫にとっても同じこと。
追いつかれる前に都市アジエンに到達できなければ、きっと全滅する。
その時、どうすべきか。
俺は手綱を握りながらずっと考えていた。
状況が状況なだけに最悪、選択の時が訪れることも覚悟しなければならない。いかに強い騎獣を相棒とする第一等級の御者とて、この手はふたつしかない。守れるものは限られている。
「……となれば、リリンとウタカ、あとはガキどもか。これならギリギリ運べるだろうが」
欝々とした気分にて拡張能力を発動。
目に意識を集中し、遠見を行う。
荒野の彼方、若干の砂嵐が発生しているが、氾濫によるものではなくて、山颪(やまおろし)の影響によるものとおもわれる。
続いて視線を空に向ける。昇る朝陽による健全な赤以外の色味はいまのところ見られない。霧状の慮骸であるアカシオの赤は、カサブタをはがして砕いたかのような毒々しいモノ。
「そういえば昔、朝陽が嫌いだと言っていたヤツが部隊にいたな。『今日も地獄の一日が始まるのかとおもうと、げんなりする』と。はて、あれは誰だったか」
顔は鮮明に覚えているのに名前がすぐに出てこない。
近頃、こんなことが少しずつ増えている。
支部の専属医であるミリン婆さんによれば、拡張能力の反動だろうとのこと。
「その力はしょせんは後付けのシロモノ。大なり小なり体に影響は出るし、この先そいつは増えることはあっても減ることはけっしてない。精々気をつけるこったな」
とクギも刺されている。
かといって出し惜しみをしていたら、すぐそこに迫る危機から脱することもかなわないので、とても悩ましいところではある。
◇
いまのところ後方に異状はみられない。
その確認を終えて、岩から降りようとした矢先のこと。
鋭敏になっていた感覚が、かすかな振動を拾う。
もしや氾濫がついにやってきたのかと、あわてて彼方に目をやるもやはり異状はなし。
それもそのはずである。揺れのもとはうしろではなくて、前方からやってきていたのだから。
ただし敵ではない。
騎馬と荷車の集団。運送組合の旗を掲げている。どうやら先行させた集落の若者より急報を受けて、支部および守備隊がすぐに迎えを寄越してくれた模様。
それもこれも怠惰な隊長を排斥へと追い込んだ先のカキンチャク騒動があったればこそ。下水道にて臭気に苦しみながらもがんばったかいがあった。
「助かった。これでどうにか間に合う」
安堵した俺はひらり、大岩の上から舞い降りると、丘の斜面をくだりみんなのところへと向かった。
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