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108 山の異変
しおりを挟む集落内にてリリンが暮らす宅にて。
王からのお家再興を認める書状を受け取ったとき。
二人の女の態度はじつに対象的であった。
従者である短髪の女剣士ウタカは喜色満面にて「やりましたね、姫さま!」
だというのに、主人であるおさげ髪の娘であるリリン・ガロンは、怪訝そうに柳眉を寄せ「どうしていまなのでしょうか?」とぼそり。
候家を継承する年齢まで待っていたという話だが、リリンはそれに納得していないようである。
まぁ、高位の家柄、それも五候の一角を復活させるとなれば、そりゃあいろいろあるだろう。
残された領地をめぐってひと悶着あってもおかしくない。あるいは残る四候らが偶数となってしまったことも要因のひとつかも。これだと意見がわかれた場合、どこまでいっても平行線になる。あげくに残された王が決定権を握ることに。
国としては、あくまで王を中心に据えて、周囲を五候家で守り支えるという形にはなっているが、裏ではいろんな権力闘争やら駆け引きがドロドロのはず。
とはいえ、そんな話は俺には関係ない。
御者のお仕事は相棒の騎獣とともに荷車を引いては、各地をまわって人流や物流を担うこと。
よって、手紙を届け終えたところでお役ご免にて、「それではこちらの受領書にお名前を」とお願いしたのだが、ここで予想外の言葉が飛んでくる。
「はい。ではダイアさん、引き続き王都までの道案内、よろしくお願いしますね」
一瞬、リリンから何を言われたのかわからなくて、俺はポカン。
だがすぐにハッとして、あることに気がつき真っ青になる。
やられた……。
この依頼、最初っから往路込みだったんだ。
行きは手紙の配達による物流を。
戻りはガロン家の遺児を王都にまで運ぶ人流を。
ちくしょう、いかにも運送組合が考えそうなことだ。
「せっかく遠方まで出向いたのに、荷台をカラで戻ってくることはないだろう。そんなのもったいない。というわけで姫さまたちをよろしく」ということ。
王と運送組合本部からの指名依頼にて、やたらと羽振りがいいとおもったら、そんな魂胆が隠されていようとは。
どおりで特級御者のマイラが「イヤだ。面倒くさい」とそっぽを向いたわけだ。手紙だけならばともかく、人を運ぶのはとても手間がかかるのだから。
さりとて、いったん引き受けた以上はしようがない。
俺はすぐに気持ちを入れ替えると、アレコレと頭の中で算段をはじめる。
若い女性二人を運搬するとなれば、いろいろと取り揃える必要がある。長旅となるので客人のために荷台の中も少しいじらねば。
なんぞと考えていると、ドンドンドン。
いきなり玄関扉を叩く音がして、家主の返事も待たずに入ってきたのは恰幅のいい女性。
隣家の住人だという彼女が、俺以上に青い顔をして告げる。
「リリンちゃん、ウタカちゃん、すぐに広場に来てちょうだい。山に出かけていた連中がたったいま戻って来たんだけど、ちょっとおかしなことになってるみたいで。そのことで緊急集会を開くって長が」
集落に侵入したハグレ騙裏をやっつけたとおもったら、新たな問題が持ち上がったらしい。
リリンは書状を懐にねじ込むとウタカに目配せし、そろって広場へと向かう。
女所帯の留守宅におっさんひとりが残るのもはばかられたので、俺も付き合う。滞在している集落に問題が発生したとなれば、部外者とて最低限、情報を仕入れておく必要がある。
◇
先ほどの騒動の直後ということもあり、広場付近にはまだ大勢の住人たちがたむろしていたおかげで、みなが集合するのにさほどの時間はかからなかった。
その輪の中心には手当を受けている男たちの姿がある。山に入っていたという連中。
みな残っていた住人たちよりも、より屈強な容姿をしている。
俺は「だからか」と納得。集落の主力を欠いた状態で、ハグレと対峙したがゆえの、あの混乱であったのだ。
しかしそんな屈強な連中が傷だらけとなって逃げ帰った。
つまり山で尋常ではない何かが起こったということ。
集まった住人らが固唾を飲んで見守る中、治療を終えた男が口を開く。
「山がおかしい。空気がやたらと張り詰めて、獣たちも妙に殺気立っていて、このざまだ。ひょっとしたら氾濫の前触れかも」
氾濫という言葉に集落全体がざわり。
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