御者のお仕事。

月芝

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106 短髪とおさげ

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 集落に入り込んだハグレの騙裏に翻弄されている住人たち。
 このままだと被害は拡大する一方。
 見かねた俺は相棒にたずねる。

「ここから狙い撃てそうか?」

 柵の隙間からの狙撃。仕留める必要はない。足を封じるか、もしくは昏倒させてしまえれば、あとは住人たちが殺るだろう。
 問題は大ザルを囲んでる住人たちが、射線上をちらついて邪魔だということ。
 うっかり彼らに当てたら、それこそ目も当てられない。
 だから俺は自信のほどをたずねてみたのだが、メロウは「ピュピュイ」と鳴く。どうやら「まぁ、まかせておきな」ということらしい。
 となればメロウには射撃準備に入ってもらい、俺は俺でできることをするのみ。

  ◇

 いったん相棒と別れた俺は集落を囲む柵沿いを進み、他の住人らとの接触を試みる。外部から援護射撃を行うことを教えて、お仲間たちに報せてもらおうという算段である。
 運がいいことにすぐに、良さげな女性の二人連れを発見!
 やや肩幅がありがっちりした体形の短髪の帯剣女性と、これに守られるようにして立つおさげ髪の娘。姉妹というには似ていないが、雰囲気からしてそれに近しい関係であろうとおもわれる。

「もし、もし、そこのお嬢さん方」

 物陰に潜んでいるところを、いきなり柵の外から声をかけられたもので、二人はびくり。
 そればかりか素早く剣を抜いた女性が電光石火の動き。問答無用で切っ先を柵の隙間に突き入れてきたもので、俺は「わっ!」と驚きとっさにしゃがみ、どうにかかわす。鋭い刺突。この女、相当の遣い手だ。剣筋が素人じゃない。おそらくは四大流派のひとつ、西不炎流の免許皆伝級……。
 と、いまはそれどころではなかった。

「いきなり何しやがる。当たってたら死んでたぞ」

 柵越しに俺が怒れば、向こうも「あれ? 人間だったのか。てっきりあのサルの仲間かと」と首を傾げている。
 なんでもあのハグレ、得意の声マネを駆使してか弱い女を演じて、まんまと衛士を騙して門を開けさせてしまったらしい。だから、声をかけた俺のことも同類とかんちがいしたそうな。

「……まぁ、いい。俺は怪しい者じゃない。城塞都市ソーヌの運送組合支部に所属している第一等級御者のダイアだ。この集落に大事な手紙を届けにきたんだが、ご覧の通りでね。っと、それよりもハグレを相手にしている連中にすぐに伝えてくれ。外部から援護射撃を行うから、合図をしたら一斉に伏せるようにと」
「はぁ、援護射撃? いまのご時世にそんな上等なものをどうやって。魔導兵じゃあるまいし。弓矢の一本や二本じゃ、アイツは倒せないよ」
「あー、詳しく説明していると長くなるんだが、うーん、まいったなぁ」

 勇ましい女剣士がこちらの申し出を疑うのも無理はない。
 なにせ妖精の鱗粉が蔓延している大戦後の世界では、銃火器類はほとんどの場所で使えない状況にあるのだから。
 ゆえに飛び道具といえば、誰もが真っ先に思い浮かべるのが魔導兵の存在。
 体内に第二の心臓と呼ばれる特殊な器官を移植することで、物語に登場する魔法使いのような攻撃が可能となる。ただし誰でも移植手術を受ければなれるわけじゃない。適正が必要にて適合率はわずか一割前後。失敗すれば廃人か死が待っている。
 そんな魔導兵も大戦末期に使いつぶされてほとんど絶滅危惧種。現存しているのはごくわずか。大半が国預かりの身となっている。ゆえに一般人が目にすることは非常に稀である。

 他の飛び道具といえば弓と投げ槍、あとは原始的な投石機とか、その程度のモノしか稼働していないのが実情なのだ。
 それゆえの女剣士の疑問。
 しかしいまは緊急時。のんびり説明なんぞはしていられない。
 俺は内心でめんどうな相手に声をかけてしまったと後悔しかけていたのだが、その時のことであった。

「わかりました。すぐにみなさんに伝えます」

 請け負ってくれたのは、もう一人のおさげの娘さん。
 言うなりすぐに駆け出したもので、女剣士が「えっ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ」とあわててあとを追う。
 おさげの娘さん、おとなしそうな見た目であったが、どうしてなかなか足が速い。確かな足どりにて大地を力強く踏みしめては、あっという間に遠ざかっていくではないか。
 この分ならば問題なさそう。そう判断した俺もメロウと合流すべく走りだす。


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