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105 ハグレ
しおりを挟む最終目的地である集落は、都市アジエンから丸一日ほどかけて進んだところにある山の麓。
天候に恵まれ、獣に遭遇することもなく、いつになく順調な道行き。
夜明け前に出立したこともあり、本格的に陽が暮れる前にはどうにか到着できそうである。
「そろそろ見えてくるかな」
前方に目を凝らした俺であったが、視界に飛び込んで来たのは幾筋もの煙。
「夕飯時にしては少々早すぎる気が……」
ぼんやり煙を眺めていた俺は、その煙が白黒混じりなのに気がついてハッとなる。
炊事にてあがる煙じゃない。あれは戦闘行為により生じる煙。
俺は手綱をピシリ。荷車を引く相棒に「急いでくれ」と頼む。
◇
集落に近づくほどに、風に混じる焦げたニオイが強くなっていく。
ちょっとボヤを出したとか、そういう程度の臭気ではない。本格的な火災に見舞われたときのもの。
だからはじめは火事の類を疑ったなのだが、辺りに漂う気配がちがう。この重くのしかかるような緊迫感を孕んだ空気は、戦場のそれに近い。
「やはり集落の内部にてなんらかの戦闘行為が行われている!」
俺は荷車を走らせながら自分の装備類を確認。相棒のメロウにも「用心しろ」と告げた。
◇
掘りと柵に囲まれた集落は小規模なもの。
都市アジエンの酒場の主人に聞いたところでは、ここは山の炭焼き小屋にて作った品や、切り出した木材を留め置くための中継地点らしい。
定期的に都市の方から回収業者が訪問する以外には、ほとんど人の出入りがない場所。
掘りにかけられた橋を渡り、荷車は門の前へと到達。
が、門は固く閉ざされたまま。「おーい」と声をかけても反応がなし。おそらく衛士は内部で起きた問題への対処に駆り出されているのだろう。
このままでは埒が明かないと判断した俺は、いったん門前を離れる。
荷車からメロウを解き放ち、ともに柵沿いを移動。足早に迂回し、集落内部の様子をうかがう。
すると柵の隙間から見えたのは、集落の者たちが大きな人面ザルと交戦しているところ。
「あれは騙裏、一頭だけってことはハグレか」
騙裏(かたり)は三シーカほどもある白毛の大ザル。ふだんは山岳地帯に生息し、三頭ひと組みで行動。縄張りに入り込んだ獲物を、巧みな声マネにより誘い込み、翻弄し、仕留める。ちなみにハグレは、群れの仲間が死滅した、もしくは仲違いをして追い出された個体のことである。
ふだんから力仕事をこなしているだけあって、住人らは屈強にて勇猛。
相手が一頭だけということもあり、みなで囲んでは危なげのない戦いぶり。
だがしかし……。
「時間をかけ過ぎだ。相手はずる賢い騙裏だぞ。モタモタしていたら、どんな手を打ってくることか」
残念ながら俺の危惧は的中する。
追いたてながら、キイキイ逃げ惑う大ザル。うかつに近づいた住人の手より、タイマツを奪いとるなり、これを納屋へと放り込む。
家畜の餌である藁を保管するための納屋から、たちまちブスブスと煙が出始める。本格的に火がついたら、すべてが燃えて灰になってしまう。
あわてて火消しに躍起となる住人たち。
どうやら遠目に集落に見えていた煙は、コイツが集落の方々に火を放っていたせいであったらしい。
火を恐れるどころか、それを逆に利用する。しかも積極的に。
相当に性質の悪い獣だ。そして賢い。人間たちの反応から相手が嫌がることを、どんどんと学習し続けている。
だからこそ騙裏はすみやかに討伐しないといけないというのに。
動揺にて包囲網が乱れた隙をついて、ハグレが突破。まんまと逃げおおせる。すぐさまこれを追う住民たち。
その動きに合わせて、俺とメロウも柵沿いを移動する。
優勢であるはずなのに、まるで零した水が卓上にてじんわり広がるかのように、着実に混乱が拡大している。
ただの小火でも放置すれば、いずれ大火となる。
この光景をまのあたりにして俺は「マズイな」とつぶやかずにはいられない。
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