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098 逃避行
しおりを挟む先頭を俺ことダイアが歩く。真ん中にサッシー、最後尾をメロウという配置。
暗く狭い下水道内を、背後からの襲撃に警戒しつつ進むうちに、サッシーがぼそり。
「ぐすっ、どうしてこんなめに……。他の連中は大丈夫かな」
狼狽していたとおもったら、今度は仲間の心配。
こんな状況下でも他人の身を案じられる。いささか頼りないながらもサッシーは好青年。ちょっと愚痴っぽいけど。
「たぶん心配はいらないだろう。下水道に派遣された人員が少なかったのがさいわいしたな。広い探索範囲を手分けしたおかげで、個々の担当区域がかなりばらけている。それに時間的にも問題がなければ、そろそろみんないったん引きあげている頃合いだし」
俺はそう言ってサッシーを元気づける。
もっとも相手はあのカキンチャク、繁殖力が売りの慮骸。もしも他に個体がいなければという大前提があったればこそだが。
しかしかなりの確率で、その心配はいらないと俺はにらんでいる。
なぜなら地上に出現していたからだ。地下のみですべてが成立するのならば、わざわざひと目につくところに種を撒く必要はない。
「もしも第三世代の混じりモノから吐き出される種がすべて混じりモノだったら、いまごろ下水道はカキンチャクに埋め尽くされて、アジエンはとっくに終わってるはず」
だから、きっと大丈夫。
そう考えて水路の流れを頼りに、俺たちはひたすら外を目指す。
◇
つねに背後に気をつけていたものの、襲撃はない。ひょっとしたらあそこから動いていないのかも。
だからとて警戒を解くわけにはいかないので、ずっと神経は張り詰めたまま。
空腹とノドの渇きに苦しめられながらも、ひたすら足を動かし続ける。会話は途絶えひさしい。
暗闇をただ黙々と進むだけの時間が続く。
変化は唐突に訪れた。
肌にまとわりつくような不快な感触が不意に薄れる。
ふわりと前髪がゆれ、風の流れを感じる。
濃密で重かった空気が軽くなるのもわかった。
出口が近い。先頭を歩いていた俺は自然と早歩きになる。釣られて後続もあとを追う。
彼方に光の点が見えた。彷徨い歩くうちに、いつの間にか外では夜が明けていたらしい。
なかば駆け足にて俺たちはその光を目指す。
ついに下水道を脱出!
と喜びたいところであったのだが、ここで問題がひとつ。
俺たちの前には頑強な鉄格子が立ちふさがっている。外部から下水道内部によからぬ者が進入しないようにと設置されたもの。
ガン、ガン、ガンッ!
腹立ちまぎれにサッシーが蹴飛ばすもビクともしない。
大戦前、もしくは大戦中に設置された品らしく、使用されている技術は当然ながら当時のもの。それすなわち退化している現代文明では太刀打ちできないシロモノである。
「くそっ、くそっ、このっ! せっかくここまで来たのに! あと少しで外に出られるってのに、なんでなんで」
なおも鉄格子を蹴り続けているサッシー。このままでは足の方を痛めてしまう。
俺は彼を羽交い絞めにして、強引にやめさせた。
サッシーを落ち着かせるかたわら、俺はじっくりと鉄格子を観察する。
しっかりした造りにて、溶接のつなぎ目らしき箇所がどこにも見当たらない。こんな陰気な場所に長いこと放置されていたのにもかかわらず、サビのひとつもない。格子は枠ごとのハメ殺し。かぎ穴の類もないことからして、はなから開閉する予定はなかったということ。
鉄格子の太さは直径二チア半ほど。等間隔にて十八本がずらり並ぶ。
うちの一本を鞘から抜いた短双剣の一刃、その背の部分で軽く小突いてみれば重たい感触。
牢屋なんぞでよくある空洞型の筒ではなくて、中身がびっちり詰まっているらしい贅沢な造り。
じっくりと吟味してから俺はぼそり。
「これぐらいなら、どうにかイケるか」
◇
相棒のメロウに見張りを頼み、サッシーをさがらせた俺はひとり鉄格子と向かい合う。
腰の短双剣・黒羽を抜く姿を目にして、サッシーが「いくらそいつがいい剣だからって、さすがにこれは無理だって、おっさん」とわめくのを聞き流しながら、俺は左右の手に持つ二振りの刃をカツンと打ち合わせる。
「哭け、黒羽」
たちまち生じたのは目に見えぬほどの細かな振動。震える刃。鋭利な薄刃の縁にほんのりと赤味がさし、小さいながらも絶大な切れ味を有する絶刀へと昇華していく。この状態になれば岩や鋼どころか慮骸の強靭な体にも通用する。
歩幅を広げつつ腰をやや落とし、右にて逆手にもった黒羽の一刃をかまえる。
集中力を高めつつ、心臓の鼓動と呼吸が重なるように調整。
すべてが重なったところで、拡張能力を発動!
ドクンと跳ねた心臓が吐き出した血が、濁流となっていっきに全身を駆け巡る。これに呼応して体表に血管が浮かびあがり、筋肉が猛る。
身の内に荒れ狂う破壊の力。それらを集約し、すべてを刃に載せて放つ。
一閃!
水平に振り抜かれた刃が鉄格子を次々に薙ぎ払う。
が、七本目の半ばほどで快進撃は止まった。
「すげえ」呆気にとられているサッシーをよそに、俺は「ぐぬぬ」と身悶える。
「っ痛うぅ。手がじんじんシビレていやがる。なんて固さだ」
外へ出るためには、これをあともう一回……。
俺はげんなりしつつ、今度は左手にて技を放つべく準備に入った。
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