95 / 121
095 下水道
しおりを挟む淀んだ空気が重い。
肌にねっとりとまとわりつくのは、不快なニオイが寄り集まって産み出された臭気。
目がちかちかして吐き気をもよおす。ゆえにこの場所では目を守る眼鏡と口鼻を隠す布の着用が必須。
手に持ったランプをかざし前方の様子を探るも、明かりはたちまち闇に呑まれてしまった。
目は頼りにならない。鼻は言わずもがな。ならば耳といきたいところだが、絶えず汚水が流れる音が構内に反響して、まるで役に立たないときたもんだ。
赤レンガにてガッチリと組まれた通路。そんなシロモノが網の目状に広がっている下水道。
現在、旧ガロン領にて一番栄えている都市アジエン。
もとは領内第四の都市であったのだが、大戦末期に候都と第二、第三の都市が相次いで領主一族ともども吹き飛んだおかげで、現在の地位へと昇格した。
とはいえ、それでも主要都市であったことは伊達ではない。
こうして地下に立派な穴ぐらを備えているのだから。
大戦時には緊急時の避難場所としても活用されていたというが、実際に足を踏み入れてみたかぎりではどうにもウソくさい。
なぜならこんな穴ぐらに隠れていたら、まともな神経の持ち主ならばすぐに気が狂ってしまうだろうから。
とにかくヒドイ臭気。脳天を内側から直撃する強烈さ。
これならまだ死体が散乱している戦場の方がよほどマシだ。
「ついてねえ。ようやく見習いから隊士になれたとおもったら、いきなりこんな仕事を押しつけられるだなんて。下っ端はどこまでいっても下っ端ってことか」
俺の隣にてぶつぶつ愚痴っているのは、サッシーという名の若者。アジエンに常駐している守備隊の新米隊員。
慮骸・カキンチャクが出現したことにより、都市封鎖が実施された。
配達途中ゆえに先を急ぎたい俺は、運送組合支部を通じて協力を申し出た。
第一等級御者ともなれば相応の武力を備えている。相棒の騎獣もいる。戦力としては充分にて、いくら余所者とて粗略には扱われまい。
そうたかをくくっていたのだが、結果はご覧の通りである。
地上での華々しい活躍は守備隊が中心となって行い、これ幸いとばかりに飛び入り参加の俺は新米ともども地下のゴミあさり担当へとまわされた。
慮外・カキンチャクは土に根を張る。成長には陽の光が必要。
ゆえに石と水気しかない下水道などにはあらわれないし、種を撒くこともない。
けれども都市の安全を守るためには、いちおう調べておく必要がある。
そこで上層部は「いい機会だから、点検がてら見回っておくか」と決定した。
しかし地味で疲れるばかりの汚れ仕事なんぞは、誰だってやりたくない。
上から下へ、下からさらに下へとたらい回しにされていた命令書が、巡りめぐって俺のところに。
とはいえ、さすがに部外者に丸投げというのは、外聞がよろしくない。
そこでお目付け役として派遣されたのが新米隊員のサッシーであった。
◇
複雑に入り組んだ地下迷路。
ランプの明かりを頼りに、広げた地図とにらめっこしながら突き進む。
俺とサッシーを加えて、現在、下水道内には計八組の人員が投入されているが、はっきりいって手が足りない。まともに隅々まで見て回っていたら、三日どころか十日はかかりかねん。
そこで皆で相談の上で、都市の主要部分に通じている区域と、水路が集まっている箇所を重点的に調べることになった。
暗がりに怯えていたのは最初のうちだけ。
じきにかわり映えしない景色と、退屈な業務に早くも飽きたサッシーが気の抜けた大あくび。ひょうしに深く息を吸い込みすぎたせいで、少しばかり臭気を吸って「げほげほ」と咳き込んだ。
「くそっ、もういっそのこと隊士なんぞはヤメて、御者にでもなろうかなぁ。そっちのほうがよっぽど稼げそうだし」
悪態をつくサッシー。
緑のスーラを連れている冴えないおっさんを横目に、「これなら自分でも出来そうだ」と言わんばかりである。
侮りというよりも若さゆえの根拠のない自信からくる失礼な態度。
俺は苦笑いしつつ「だったらまずは相棒を見つけないとな」とだけ言っておく。
御者の相棒となる騎獣には、いろんなものがいる。
翼を持つ者から、四つ足で大地を駆ける者、大きさや種類もじつに様々。
みな一長一短にて、いち概にどれが優れているだの、劣るだとのとは判断しにくい。ようは適材適所の使いよう。
でもって騎獣を得るには、主にふたつの方法がある。
ひとつは運送組合が提携している指定業者から紹介してもらう方法。
飼育されている騎獣たちの中から、お見合いをして相棒を探す。
もうひとつの方法は、自分で探し出して獲得すること。
俺とメロウはこちらに属するのだが、はっきり言ってオススメはしない。なぜなら難易度が非常に高いからだ。何せ相手は野生の生き物。出会い頭に牙や爪の餌食となることも充分にありえるからだ。
ちなみに俺は外で呑んだくれて酔っ払っているときに、たまさか近寄ってきた緑のスーラと意気投合。酒を酌み交わすうちに、すっかり懐かれた。
もっとも身近な神秘。学者殺しの異名を持つナゾ生物スーラ。
そんなのと仲良くなったばかりか、騎獣とするだなんて運送組合始まって以来の前代未聞の珍事。支部長のナクラにいわせれば「ありえない」のひと言。
俺が第一等級に昇格するときには、これが原因となり本部の上層部はけっこう揉めたそうな。
考えたところでどうせわからないからと放置していたのだが、奇妙といえば奇妙な縁もあったものである。
あらためて自分のあとからヨチヨチとついてくる緑のスーラをチラ見し、俺は「はて?」と首をかしげた。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?
大好き丸
ファンタジー
天上魔界「イイルクオン」
世界は大きく分けて二つの勢力が存在する。
”人類”と”魔族”
生存圏を争って日夜争いを続けている。
しかしそんな中、戦争に背を向け、ただひたすらに宝を追い求める男がいた。
トレジャーハンターその名はラルフ。
夢とロマンを求め、日夜、洞窟や遺跡に潜る。
そこで出会った未知との遭遇はラルフの人生の大きな転換期となり世界が動く
欺瞞、裏切り、秩序の崩壊、
世界の均衡が崩れた時、終焉を迎える。
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
エデンワールド〜退屈を紛らわせるために戦っていたら、勝手に英雄視されていた件〜
ラリックマ
ファンタジー
「簡単なあらすじ」
死んだら本当に死ぬ仮想世界で戦闘狂の主人公がもてはやされる話です。
「ちゃんとしたあらすじ」
西暦2022年。科学力の進歩により、人々は新たなるステージである仮想現実の世界に身を移していた。食事も必要ない。怪我や病気にもかからない。めんどくさいことは全てAIがやってくれる。
そんな楽園のような世界に生きる人々は、いつしか働くことを放棄し、怠け者ばかりになってしまっていた。
本作の主人公である三木彼方は、そんな仮想世界に嫌気がさしていた。AIが管理してくれる世界で、ただ何もせず娯楽のみに興じる人類はなぜ生きているのだろうと、自らの生きる意味を考えるようになる。
退屈な世界、何か生きがいは見つからないものかと考えていたそんなある日のこと。楽園であったはずの仮想世界は、始めて感情と自我を手に入れたAIによって支配されてしまう。
まるでゲームのような世界に形を変えられ、クリアしなくては元に戻さないとまで言われた人類は、恐怖し、絶望した。
しかし彼方だけは違った。崩れる退屈に高揚感を抱き、AIに世界を壊してくれたことを感謝をすると、彼は自らの退屈を紛らわせるため攻略を開始する。
ーーー
評価や感想をもらえると大変嬉しいです!
『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!(改訂版)
IXA
ファンタジー
凡そ三十年前、この世界は一変した。
世界各地に次々と現れた天を突く蒼の塔、それとほぼ同時期に発見されたのが、『ダンジョン』と呼ばれる奇妙な空間だ。
不気味で異質、しかしながらダンジョン内で手に入る資源は欲望を刺激し、ダンジョン内で戦い続ける『探索者』と呼ばれる職業すら生まれた。そしていつしか人類は拒否感を拭いきれずも、ダンジョンに依存する生活へ移行していく。
そんなある日、ちっぽけな少女が探索者協会の扉を叩いた。
諸事情により金欠な彼女が探索者となった時、世界の流れは大きく変わっていくこととなる……
人との出会い、無数に折り重なる悪意、そして隠された真実と絶望。
夢見る少女の戦いの果て、ちっぽけな彼女は一体何を選ぶ?
絶望に、立ち向かえ。
箱庭物語
晴羽照尊
ファンタジー
※本作は他の小説投稿サイト様でも公開しております。
※エンディングまでだいたいのストーリーは出来上がっておりますので、問題なく更新していけるはずです。予定では400話弱、150万文字程度で完結となります。(参考までに)
※この物語には実在の地名や人名、建造物などが登場しますが、一部現実にそぐわない場合がございます。それらは作者の創作であり、実在のそれらとは関わりありません。
※2020年3月21日、カクヨム様にて連載開始。
あらすじ
2020年。世界には776冊の『異本』と呼ばれる特別な本があった。それは、読む者に作用し、在る場所に異変をもたらし、世界を揺るがすほどのものさえ存在した。
その『異本』を全て集めることを目的とする男がいた。男はその蒐集の途中、一人の少女と出会う。少女が『異本』の一冊を持っていたからだ。
だが、突然の襲撃で少女の持つ『異本』は焼失してしまう。
男は集めるべき『異本』の消失に落胆するが、失われた『異本』は少女の中に遺っていると知る。
こうして男と少女は出会い、ともに旅をすることになった。
これは、世界中を旅して、『異本』を集め、誰かへ捧げる物語だ。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる