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091 罠
しおりを挟む相手が仕掛けてくるまで悠長に待っていられるほど、御者は暇じゃない。
そこで俺は罠を張って獲物を誘い出すことにする。
なぁに、罠といっても至極単純なもの。
デキスの遺品の入った木箱をビトに渡してやるだけのこと。
ただし中身は事前に確認し、貴重品の類などはしっかり抜いてある。
御者から「それじゃあ、お言葉に甘えて。申し訳ありませんけど、よろしくお願いします」と荷物を預ったばかりか、わずかながらも手間賃まで渡されてすっかりホクホク顔のビト。
大事そうに木箱を抱えていくビト。心なしか足どりが軽い。思惑通りにてしめしめといったところか。
よほど浮かれているらしく、背後からそっとつけている俺にはまるで気がつきやしない。
しかし幸せな時間は長くは続かない。
持ち帰った荷物をさっそく開けてみたら、中にはロクなものが入っていやしない。
「こんなバカな、そんなはずは……」
愕然とするビトではあったが、その時、ひっくり返した箱の底より出てきた一枚の紙を発見する。
それは箱の中身を箇条書きしたもの。
硬貨の入った巾着袋や、工房からの見舞い金など、金銭に関する項目がたしかに記載されている。
けれども肝心のブツがない。
この事態にビトは激怒する。
「あの御者の野郎! どさくさにまぎれて中抜きをしやがったな。その罪を僕に押しつけるつもりなんだ。くそっ、そうはさせるかっ」
自分のことは棚にあげて顔を真っ赤にしていきり立つビトが、家から飛び出して行く。
向かったのは御者のところ。
ではなくて悪い仲間の溜まり場である。
なぜならここで御者のもとに押しかけて文句を言ったところで、「あれ、おかしいですねえ。そんなはずはないんですけど。あっ、まさか!」なんぞと空とぼけられるのが関の山。
受け取りのときに箱の中身について言及し、その場で両者立ち合いのもと検めなかったのは、完全にビトの落ち度である。
もっとも手間賃をチラつかせて奴の注意をそらし、そうなるように仕向けたのは俺であるが……。
「獲物は餌に食らいついた。あとは適当なところで釣りあげるだけだな」
◇
中央でこそ司法の裁きなんぞという高尚な仕組みが生きているが、王都より離れるほどに、辺境となるほどに法は効力を失う。
それでもなお人々が人間らしい営みを続けていられるのは、苦楽をともにするうちに育まれた強固な絆と、集落ごとに遵守すべき掟が存在しているから。
掟といってもそんなにややこしいものではない。
せいぜいが「盗むな、犯すな、殺すな」ぐらいの当たり前のこと。
真っ当に生きていれば、まず踏み越えない一線。
しかしその気になればたやすく越えられる一線でもある。
そして越えた先に待つのは厳しい沙汰。
縛り首ならば大温情、少なくとも人として楽に死ねる。
つらいのが放逐処分。小刀一本のみを渡されて壁の外へと放り出されたが最後、野生の餌食となり末路は悲惨だ。
にもかかわらず人は道を踏み外す。そして後悔したときには、手遅れというのが人生のお約束。残念ながらやり直しうんぬんは、しょせん一握りの成功体験に過ぎない。
◇
集落に滞在二日目、いい月の夜。
俺は「ちょっと散歩してくる」とひとり外へ。相棒のメロウには、荷車の警護を頼んでおく。大丈夫だとはおもうが、ガロン家再興の鍵を握る大切な手紙を託されていることだし、念のために用心しておく。
ぶらぶら、夜道をひとり歩く道すがら。
背後からついてくる気配を察知しておもわずほくそ笑む。
事前に老店主にたずねたところでは「強盗? そんなもの、即放逐じゃ」と言っていた。
ましてや襲う相手が御者となれば、いかに身内が庇おうとも裁定がくつがえることはないだろう。
なにせ御者は運送組合に所属しており、戦後の人流物流を担う立場だからだ。
事件をもみ消そうとすれば、運送組合をも敵に回すことになりかねない。そうなれば辺境の集落は流通を止められて干上がるしかない。
「……つけてきているのは四人か。思ったよりも少ないな。とはいえこの規模の集落ならばこんなものか」
俺は自然な足どりにてふらり、水車小屋がある林の方へと向かう。
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