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088 受け取り拒否
しおりを挟む「はぁ? うちの息子が死んだ? ふざけんなっ、あたしゃ騙されないよ! とっとと失せやがれっ」
ツバまじりの怒声。包丁片手の威嚇。呆気にとられているうちに、鼻先にてバタンと勢いよく閉じられた玄関扉。
以降はなしのつぶて。いくら呼びかけても、扉を叩いても応答はなし。完全なる拒絶である。
遺品を届けにいった先にて待っていたのは、息子の訃報に泣き崩れる哀れな母親ではなくて、顔を真っ赤にして猛り狂っては配達人を罵倒する強烈な女であった。
◇
国のえらい人からの依頼を受け、旧ガロン家の領内へと向かう道すがら。
せっかくの幌付きの荷車。荷台をカラで進むのはもったいないと、受けたいくつかの依頼。
途中、狒々の変異種・騙裏と遭遇するという事態があったものの、都市間の人の移動をどうにか終えた。
次に片付けようとしたのが、預かっていた遺品の引き渡し。
俺が居を構えている城塞都市ソーヌやそれに準拠する規模の人界であれば、運送組合の支部があり、外部からの届け物はいったん支部に集積されて、そこから担当の手により個々へと配送される仕組みになっている。
だが地方やあまり大きくない集落になると、預かった荷物を宛先にまで直接届けるまでが、御者のお仕事となっていることも珍しくはない。
でもって、わざわざ出稼ぎに行かなければならないだけあって、故人の育った場所は慎ましやかな土地であった。壁に囲まれた土地は手狭にて、主力産業に乏しく、あくまで中継地点としてのみにしか使えない。
いちおう運送組合の支部の看板はあったが、街で唯一の個人商店が兼業で行っているこじんまりとしたもの。
当然ながら専属の御者もいなければ配達人なんぞもおらず。
到着して顔をみせるなり、腰がやや曲がった白髪の老店主から「よろしく」と丸投げされた。
◇
「さっさと渡して先に向かうつもりだったのに、まいったな」
よもやの受け取り拒否。おもわぬ足止めを喰らって俺は頭を抱える。
故人が残した大切な荷物。コツコツ貯めていたのだろう、そこそこの額のお金も含まれている。まさか軒先に放り出しておくわけにもいかないし、なにより受け取り証に署名をもらわなければ依頼完了とはならない。
しかしもの凄い剣幕であった。
あの様子だと何度足を運んでも、とりつくしまもなく追い返されそうだ。
「まだ日程に余裕があるとはいえ、この先何があるかわからんし、あんまりのんびりともしてられん。なぁ、帰りにまた立ち寄るから、それまでこの荷物を預かっておいてくれないかな? ひょっとしたらしばらくして落ち着いたら、彼女も気が変わるかもしれないし」
俺が頼むも老店主は「ダメじゃ」とこれをきっぱり拒絶。
「そいつはお前さんが御者として請け負った仕事じゃろう。ならば最後までちゃんと責任を持たんかい」
その通りであった。
ど正論にて、俺は何も言い返せない。
こちらが押し黙っていると老店主がぽつり。
「……しかしトリンも不憫なことよ」
続けて老店主が滔々と語ったのは、とある母子の物語。
◇
受け取り拒否をした女の名前をトリンといい、その一人息子をデキスといった。
半ば子どもを諦めていた夫妻のもとに、ようやく授かった一粒種。
歳を経て得た息子を夫婦は溺愛するも、その愛に溺れることなくデキスはすくすくと真っ直ぐに育っていった。
賢い子どもだった。
手先が器用な子どもであった。
優しい子どもであった。
デキスはどこに出しても恥ずかしくない、自他ともに認める自慢の息子であった。
やがて父親が不慮の事故で亡くなってからは、トリンは質素倹約に努め、身を粉にして働き、女手ひとつで息子を立派に育てあげた。
やがて青年となったデキスが「出稼ぎに行く」と言い出したとき、母トリンは猛反対した。
けれども息子の熱意にほだされて、最後にはうなづくしかなかった。
向かった先にて昼間は建築現場で働きがてら大工仕事の修行に精を出し、夜間学校に通っては建築学の勉強に勤しむデキス。
ほんの少し前に届いた手紙によると、近々修学を完了するので、一度、顔をみせに郷里に戻ると書いてあったそう。
だがおもわぬ形での帰郷となってしまう。
沈痛な面持ちにて話を終えた老店主。
俺はこの依頼がひと筋縄ではいかないことを悟り、おもわず天を見上げる。
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