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087 首人間
しおりを挟む「おーい、おーい」「まだかぁー」「早くしてくれ」
とこちらを急かす声。
熱心に呼び込もうとする騙裏(かたり)がやかましい。
俺は適当に返事をしつつ、短双剣のうちのひと振りを抜く。洞窟の入り口付近の岩肌を軽く刃の背で打ってみる。
キィンと生じる反響音。
耳をすます。響きに伸びがなく浅い。この穴ぐら、あまり奥にまでは通じていないようだ。
続いて足下に落ちていた枯れ葉を拾い、手でクシャリと握りつぶす。粉々になったそれを入り口付近にパッと撒く。
すると風の動きに合わせて、枯れ葉の残骸が揺れ動く。
内から外へ、外から内へと。
それらを踏まえた上で、俺が腰の小鞄から取り出した煙玉は五つ。
洞窟の外から内へと風が吸い込まれるのに合わせて、手持ちの品すべてを洞窟に投入する。
ひとつでもけっこうな量の煙を吐き出すシロモノ。そいつが五つも一斉に作動したもので、洞窟内はたちまち白煙により埋め尽くされた。
いい具合に風に乗り、煙は洞窟の奥へ奥へと浸透していく。
それを見届けてから、俺はすぐさま入り口脇へと身を潜めた。
しばらく待っていると、ゲホゲホと咳き込む声が聞こえてきて、何者かが白煙の奥より飛び出してきた。
しかし俺はまだ動かない。しゃがんだままの姿勢にてじっと息を殺している。
はたしてそれは正解であった。
飛び出してきたのは先にこの場所へとやって来ていた、六名のうちのひとりであったのだから。
真っ裸にひんむかれており、あられもない姿。ほうほうのていにて地面に這いつくばっては怯えている。
俺は要救助者に声をかけることもなく、じっと観察を続ける。
これは囮。
奸智に長けた騙裏。待ち伏せを警戒し自分が飛び出す前に、用心して捕獲した獲物の一体を解き放っては、外の様子をみていたのである。
騙裏の術中に絡めとられるとドツボにはまる。
奴らを狩るときにはくれぐれも相手のテンポに惑わされないことが肝要。絶対に主導権を渡してはならない。
ほどなくして洞窟よりのそりと這い出してきたのは、白い長毛の巨猿。
一体が先行し、すぐあとからもう一体が続く。計二体の騙裏が出現する。
ようやく顔をみせてくれた。だが俺は内心で首をひねる。
「おかしいな。騙裏はつねに三体ひと組みで行動していているはずなのに、一体足りない」
なおも用心して隠れているのかと様子をうかがってみるも、それらしい気配は付近にない。
そうこうしているうちに、早や煙が薄まりだしている。このままでは目くらましの煙幕が消えてしまう。
俺は意を決して行動を開始した。
立ち上がって駆けざまに小石をコツンと蹴飛ばす。
相手の注意をそらしたところを素早く背後から接近。
狙うは二体のうち後方、洞窟寄りのところにいる個体。
いきなり相手の首筋へと刃を突き立て、力任せに喉笛を真一文字に掻き切る。
とたんに血が吹きだし、周囲に満ちたのは濃厚な血のニオイ。
驚いてふり返った残りの騙裏が、仲間の無惨な死に目を奪われている隙に、俺は低い姿勢のまま煙に紛れて迂回する。そして無防備に晒された背中から心臓をひと突き。
己が身に起こったことが理解できずに、キョトンとした表情のまま倒れた二体目。
手応えはあったが、俺は念のためにそいつの首も掻き切っておく。
◇
突如として降り注いだ血の雨にて裸体が濡れる。
理解が追いつかず呆然としている要救助者。その裸のケツを蹴飛ばし、ともに洞窟の内部へと向かう。
内部はおおかたの予想通りにて、たいして深くはない。だが途中に身を潜めておくのに都合がよさそうな、割れ目やら窪みがあった。調べてみたら、獣臭がこもっており白い毛が幾本も落ちている。
どうやらここを根城にしていた騙裏ども。まんまと洞窟の奥へと獲物を誘い込んだところで、潜んでいた仲間が背後から襲うという狩りの方法をとっていたようだ。
進んだ先には、これまでに犠牲となった者たちの白骨の山が……。
なんて悲惨な光景も予想していたのだがさにあらず。
待っていたのは五つの首人間のみ。
ふむ。騙裏たちはここに住み着いてから、まだ間もなかったようだ。
全員が裸にひんむかれており、首だけさらされた形にて地面に垂直に埋められている状態で発見される。
みな頭部に打撃を喰らって昏倒させられてはいるものの、目立った外傷はない。とりあえず無事と判断してよかろう。
◇
埋められた人間を掘り起こすという作業はおもいのほかに重労働。
ようやく救出し終えた頃には、俺はすっかり泥まみれの汗だくとなっていた。
保存食にされかけていた面々。衣類は乱雑に破かれていたもので、装備ともどもどうにか繋ぎ合わせて、最低限、人間の尊厳が守られる格好にしてから帰路につく。
荷車のところにまで戻ってくると、どうして騙裏の数が足りなかったのか、その理由が判明した。
脳天を撃ち抜かれて、恨みがましい表情にて息絶えている老婆の顔をした白猿。
倒したのは緑のスーラのメロウ。
一体が斥候役として獲物の接近を仲間に報せ、一体が声真似にて獲物を罠へと誘い込み、一体が背後から強襲して仕留める。
敵ながら見事な連携に俺はほとほと感心する。やはり騙裏は頭がいい。その辺の野盗よりよほど知恵が回る。だがしかし、だからこそ新たな疑問が浮かぶ。
「こいつら、どうして縄張りを捨て山を降りたんだろう」という疑問が。
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