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084 五候
しおりを挟む右手には赤茶けた荒野が広がっている。ごつごつした岩が転がり、雑草もまばらな乾いた土地。
吹く風に舞う砂塵までもが赤い。うっかり吸い込むとたちまち咳き込むことになるので、この場所を通るときには口鼻を布なんぞで覆い隠す必要がある。
左側に顔を向ければ対照的な濃い緑。
豊かな植生を誇る森。多くの恵をもたらしてくれる。だがそれゆえに人間以外の生物も集まってくる。
穏やかな表の顔に騙されて、ロクな装備も覚悟もないままにほいほい奥へと足を踏み入れたが最後、まず無事には出てこれない。
そんな森の外縁部に沿うようにして通された石畳の道。
ここは旧街道、由来を遡れば国の歴史にも少なからず絡んでくるような古い場所。
しかしそれゆえに長らく忘れ去られて遺跡扱いされていたものだからこそ、戦火をまぬがれた。
国の発展と近代化にともない整備された新街道の方は、戦争の被害により主要路の七割が壊滅という憂き目にあい、ぶつ切り状態。いまも修復の目途は立っていない。
◇
趣のあるひび割れた石畳。
悠久の刻を経てもなお原型をとどめているどころか、道としての機能を残している。建造に関わった当時の職人たちの技には、ただただ敬服するばかり。
とはいえさすがに老朽化は待ったなし。
ところどころ床石が剥がれては、顔を出しているのは森から足をのばしている木の根。
そいつをかわしながら、安全なところを選んで進むのは、緑のスーラが牽引する幌付きの荷車。
御者台に座るのはもちろん俺こと第一等級御者のダイア。
現在は旧ガロン家の領内へと向かう途中である。
◇
王を守り補佐し国家運営の中枢を担うのが五つの候家。
ガロン家はそのうちのひとつ。しかし大戦末期の激戦のさなかに受けた適国からの攻撃により、候都が消滅。一族の主だった者らもそれに巻き込まれてしまい、お家は断絶の憂き目にあう。
よって戦後しばらくの間、四候体制が続いていたのだが、このたびガロン家が再興することになった。
じつは本家の血筋を引く者が生き残っており、その者が後継として条件を満たすまで育つのを待っていたという。
俺の仕事はその有資格者に召喚状を渡すこと。
こいつを受け取って中央王都へとおもむき、王と謁見、認可を得てはじめて五候に返り咲けるという寸法。
では、どうしてそんな重要な手紙をいかに第一等級御者とはいえ、辺境の城塞都市ソーヌに身を寄せる俺なんかにまかせるのかというと、先の白の慮晶石の廃棄依頼のときに遭遇した特級御者マイラのせいだ。
ことがことなだけに当初は彼女に回された仕事であったのだが、特級御者のマイラは相当の出不精らしく、「イヤだ。面倒くさい」とそっぽを向いたそう。
そしてあろうことか「だったら、アレにやらせたらいい。緑のスーラを連れたヘンなの」とか言い出した。
推薦と言えば聞こえはいいが、丸投げ。
運送組合に所属する御者の中で、スーラを相棒にしている者なんぞは俺だけだ。
すぐに身元が発覚してしまい、逃げる間もなく強権を発動されてしまう。
『そのうち王族関連から指名依頼でも舞い込むかも』
なんぞという支部長ナクラの不吉な予言が的中してしまった。
◇
かくして今回の道行きとなったわけだが、いかに大切なお手紙を届けるとはいえ、荷台をカラで車を走らせるような無駄なマネはしない。
御者とは大戦後の厳しい世界にあって、人流と物流を担うのが仕事。
よって途中、途中で他の依頼も平行してこなしつつ進む。
いまは出稼ぎ先から郷里に戻る面々を運んでいるところ。
都市間移動。
運搬人数は十一名。男女混合にて職業は探索屋見習い、商店の従業員、石工職人、給仕、料理人など様々
当初は十二人と聞いていたのだが、なんでも一人が不幸にも直前に事故で亡くなってしまったんだとか。その遺品を親御さんのところに届けるのも俺の仕事。
手綱を握りながら「イヤな役目を引き受けてしまった。憂鬱だ」
俺はハァとため息。
「こういうのは無関係な行きずりが、ササッと渡した方があと腐れがなくていい」
という組合職員により半ば強引に押しつけられたものの、いったん引き受けた以上はきちんと届けるつもりではある。
しかしやはり気が重いのはいかんともしがたく……。
そんなことを考えながら進んでいると、ふいに左側の森の奥の暗がりから「誰かぁ、助けてくれぇ」という声が聞こえてきた。
あまりにも弱々しく、かすれた救援要請。いまにも息絶えそう。
ひょっとしたら空耳の類かともおもったが、荷台に乗っている客たちにも聞こえたらしく、たちまちザワつく一同。
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