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083 懐古主義
しおりを挟む特級御者とその騎獣に遭遇してから半日ほど経ってからのこと。
無事にウイザと合流した俺たちは、どうにか生還をはたす。
なお一時的に共闘していた黒装束の男とは最寄りの都市で別れた。
「ちゃんと帰れるのか?」と案ずれば「問題ない。どうとでもなる」と黒装束の男。
他国に出張っている工作員だけあって方々に伝手があるらしく、本国に帰る手段にはこと欠かぬらしい。
そんな彼が別れ際に気になることを言い残す。
「これは独り言だ。どこの国もそうだが、一枚岩というわけにはいかないようだ。目障りな亡霊もうろちょろしていることだし、せいぜい気をつけることだな」と。
一枚岩うんぬんは、今回の依頼にまつわる情報漏洩のこと。
国の上層部でもいろんな思惑が錯綜しており、身中の虫も混じっている。
白の慮晶石の情報に踊らされて、国、組織、集団、個人……、いろんな連中が動いた。
奈落まで行ったウイザの話によると、穴の周辺ではけっこう派手にドンパチやらかしていたもので、彼女はカラクリ箱を捨てるなりすぐさま引き返したんだとか。
亡霊については、たぶん滅亡した国の再興を目論む一派のことであろう。
大戦にて国が無くなったとて、その国の民のすべてが死に絶えたわけじゃない。
かといって生き残った者が皆、新しい環境や立場に順応できるわけでもない。
民草は逞しいのでわりとへっちゃらなのだが、なまじ高い地位についていた者や、家柄や血筋がたしかな者、豊かな暮らしをしていた者ほど、時代の変化についていけなくなる。
するとムクリとかま首をもたげるのが懐古主義というやつ。
「お家再興とか復権とか、いかにもその手の連中が好みそうなお題目だよな」
「まぁ、過去を懐かしむ余裕ができてきた証拠だけど。ちょいと素直にはよろこべないよねえ」
まだまだ世相が不安定だというのに、少しゆとりができたとたんによからぬことを考える。
迷惑な話だ。
俺とウイザはそろってイヤそうな顔となった。
◇
「ははは、そいつはとんだ災難だったな。しかし、ダイア、あんたも妙に引きが強いというか、なんというか」
からかい交じりに俺の背中をバンバン叩いたのは、支部長のナクラ。
カラクリ箱の廃棄依頼を終えて城塞都市ソーヌへと帰還したので、報告がてら特級御者に遭遇したことを話したときの彼女の反応がコレである。
「でも意外だねえ。あのマイラとトウテツが他人に興味を示すだなんて。いつもは敵味方おかまいなしに跳ね飛ばしてしまうのに」
支部長のナクラがしれっとトンデモナイことを口走る。
特級御者マイラと相棒の六本足の天馬トウテツ。
卓越した実力のみは伝わるものの、当人らに関する情報はほとんど市井に出回っていない。
国というか王族お抱えの身分ということもさることながら、どうやら運送組合の本部も結託して個人情報を伏せているようだ。
めったに公の場に出ることもなく、だからこそ第一等級御者である俺も彼女の容姿までは知らなかった。
あの特徴だらけの天馬がいなければ、たぶんすぐには気づけなかったことであろう。
「彼女が興味を示したのは俺というよりもメロウだ。緑のスーラを連れている変わり種を見かけて、つい声をかけたといった感じだったからな。別れ際に『ヘンなの』とか言われたし」
「そうなんだよなぁ。私たちはすっかり慣れっこだけど、やっぱり変わってるんだよ、ダイアとメロウって」
独り言ごちてうなづくウイザを尻目にナクラが言った。
「だがおかげで特級さまに顔を覚えられたんだからよかったじゃねえか。そのうち王族関連から指名依頼でも舞い込めば、うちとしては万々歳なんだがねえ」
にへらといやらしい笑みを浮かべるナクラ。
俺はあわてて「冗談じゃない! どこが万々歳なんだよ? 中央のしがらみを嫌ってソーヌに身を寄せているってのに。万が一にも、そんな依頼が来ても俺は絶対に受けないからな」と防衛線を張る。
が、彼女がこの表情をするのは、頭の中でせっせと金や損得勘定をしている証拠。
いざともなれば、あの手この手でこちらを丸め込むのにちがいあるまい。
それがわかっているから、俺は嘆息せずにはいられない。
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