御者のお仕事。

月芝

文字の大きさ
上 下
82 / 121

082 特級

しおりを挟む
 
 大樹に張り付いている状況なのでどうせ熟睡はできない。
 なので軽く仮眠のみをとり、夜通し登り続ける。
 そのかいあって、どうにか期日内に大樹攻略を成功させる。

 森の上層部へと出てからは、枝葉が入り組んでおり足場にはこと欠かぬ。ときおり不穏な影や気配により歩みは止まるものの、襲われるまでには至らない。
 もしかしたらこの地に生息する生物にとって、人間なんぞは餌にも満たぬ、とるに足らない存在なのかもしれない。

 枝葉が複雑にからみ合った緑の迷宮を踏破。
 どこまでも続く空が鬱積していた閉塞感をどこぞに吹き飛ばす。
 太陽の光を浴びようやくひと心地するも、ホッとしている間もなく俺たちはすぐに狼煙をあげる準備へと取り掛かる。
 ここまで来る途中、使えそうな枝葉を回収しておいた。そいつを組んで束にし、内部に携帯酒瓶の中身を染み込ませる。味は最低だが引火するほどの強烈な酒精、おもわぬところで役に立ってくれた。
 しばらく待ちある程度、漂い出た酒の成分が奥で空気と混ざり合ったのを見極めてから、火をつければ葉の油分と合わさって煙が立ち昇る。
 俺が軍隊の新兵時代に習った狼煙のあげ方である。
 黒装束の男も慣れた様子で手伝っていたので、やはり他国の軍属もしくは退役軍人の類なのはまず間違いあるまい。

 運がいい。
 上空に風があまり吹いていない。この調子ならば煙が散らされることもない。
 いい感じでもうもうと煙が立ちはじめたところで、俺は腰の小鞄より取り出した赤玉に切り身を入れて、火種に投入する。
 これは煙玉の一種。通常の煙玉は白煙を勢いよく吐き出しては、目くらましなんぞに使う小道具なのだが、この赤玉は見た目そのまんま、遠目にも目立つ色付きの煙を吐き出す。用途は主に友軍への通信や信号目的など。
 手持ちの赤玉は三つ。
 こいつが尽きる前に発見されることを願いつつ、俺たちは狼煙を管理しながら周辺空域に目を凝らす。

  ◇

 先ほどの発言は訂正しよう。
 運がいいと言ったのは間違いであった。
 よりにもよって狼煙を見つけて近寄ってきたのが、アレとは……。

 遠くにかすかに聞こえた雷鳴。
 はじめ雨雲が近づいてきているのかとおもった。
 けれどもそいつがもの凄い勢いにて、真っ直ぐこちらへ向かっていると気がついたときには、すでに隠れようもなかった。

 宙に制止し、鼻息荒くいななくのは漆黒の馬体。
 額には蒼光を帯びた角。太い首筋、盾のごとき厚い胸板、一切の無駄がない筋肉の鎧につつまれた巨躯。四つある瞳はすべて燃えるような赤。六つある足はどれもたくましく、蹄には貴婦人の爪のように艶めかしい光沢を宿す。
 威風堂々なる異形。
 その背にまたがるのは、甲冑姿も勇ましい藍色の髪の戦乙女。
 整った容姿をしている。なのに素直にキレイという賛美の言葉が浮かんでこないのは、表情に乏しくどこか造り物めいているせいか。

 髪と同じ色をしたガラス玉のような瞳が、馬上よりこちらを見つめている。

「なっ、六本足の天馬……。まさか特級のマイラか?」

 俺のつぶやきを耳にして黒装束の男もギョッ!
 当国に二人いる特級御者のうちの一人が、いま目の前にいるのだから無理からぬこと。
 特級は御者の実力はもとより、操る騎獣も別格。
 他の等級とは一線を画する存在。
 今回の依頼へと臨むに際して、支部長のナクラより「もしもかち合ったらすぐに逃げろよ」と言われていた。
 そんな相手とよりにもよってこの局面で遭遇するだなんて……。

 圧力が尋常ではない。対峙しているだけで押しつぶされそう。
 否応なしに突きつけられるのは埋めようのない差。同じ空間にいるだけで鼓動が乱れて息苦しさを覚える。
 六本足の天馬。四つの目がバラバラに動いては、こちらの一挙手一投足に注視している。わずかにでも怪しい動きをみせたら、瞬殺される。
 凶悪な慮骸と遭遇したようなもの。まるで生きた心地がしやしない。
 だというのに相棒のメロウのみは、ぷよんぽよんといつも通り。さすがはナゾ生物スーラ、その神経の図太さが羨ましい。
 なんぞと考えているとマイラがようやく口を開いた。

「……煙を見て来た。でも助けてあげられない。この子は私以外の誰にも背を許さないから」

 言うなり投げて寄越したのは荷袋ひとつ。
 緊急時に役立つ非常用持ち出し袋にて、中には役立つ品がいろいろ入っている。
 どうやらこれで急場をしのげということらしい。

「……スーラを連れているだなんて、ヘンなの」

 そんな言葉を残し、特級御者と騎獣はさっさと行ってしまった。
 あっという間に遠ざかっていくその背を見送り、俺たちはしばし呆然自失。

「なぁ、もしも先にアレと遭遇していたら、あんたら仕掛けていたか?」

 黒装束の男はあわてて首を振り「まさか!」


しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ
ファンタジー
異世界で危機に陥ったある国にまつわる物語。 生まれながらにして嫌われ者となったギュールス=ボールド。 魔物の大軍と皇国の戦乱。冒険者となった彼もまた、その戦に駆り出される。 捨て石として扱われ続けるうちに、皇族の一人と戦場で知り合いいいように扱われていくが、戦功も上げ続けていく。 その大戦の行く末に彼に待ち受けたものは……。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

箱庭物語

晴羽照尊
ファンタジー
※本作は他の小説投稿サイト様でも公開しております。 ※エンディングまでだいたいのストーリーは出来上がっておりますので、問題なく更新していけるはずです。予定では400話弱、150万文字程度で完結となります。(参考までに) ※この物語には実在の地名や人名、建造物などが登場しますが、一部現実にそぐわない場合がございます。それらは作者の創作であり、実在のそれらとは関わりありません。 ※2020年3月21日、カクヨム様にて連載開始。 あらすじ 2020年。世界には776冊の『異本』と呼ばれる特別な本があった。それは、読む者に作用し、在る場所に異変をもたらし、世界を揺るがすほどのものさえ存在した。 その『異本』を全て集めることを目的とする男がいた。男はその蒐集の途中、一人の少女と出会う。少女が『異本』の一冊を持っていたからだ。 だが、突然の襲撃で少女の持つ『異本』は焼失してしまう。 男は集めるべき『異本』の消失に落胆するが、失われた『異本』は少女の中に遺っていると知る。 こうして男と少女は出会い、ともに旅をすることになった。 これは、世界中を旅して、『異本』を集め、誰かへ捧げる物語だ。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!(改訂版)

IXA
ファンタジー
凡そ三十年前、この世界は一変した。 世界各地に次々と現れた天を突く蒼の塔、それとほぼ同時期に発見されたのが、『ダンジョン』と呼ばれる奇妙な空間だ。 不気味で異質、しかしながらダンジョン内で手に入る資源は欲望を刺激し、ダンジョン内で戦い続ける『探索者』と呼ばれる職業すら生まれた。そしていつしか人類は拒否感を拭いきれずも、ダンジョンに依存する生活へ移行していく。 そんなある日、ちっぽけな少女が探索者協会の扉を叩いた。 諸事情により金欠な彼女が探索者となった時、世界の流れは大きく変わっていくこととなる…… 人との出会い、無数に折り重なる悪意、そして隠された真実と絶望。 夢見る少女の戦いの果て、ちっぽけな彼女は一体何を選ぶ? 絶望に、立ち向かえ。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

処理中です...