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080 共闘
しおりを挟むずっと伏せっていた黒装束の男がわずかに身じろぎしたので、俺は声をかける。
「目を覚ましたか。とりあえず懐の得物から手を離せ。そのままだとおちおち話もできやしない」
しばし気まずい沈黙が続くも、じきに穴の中に満ちていた緊迫した空気が霧散する。
いちいち諭すまでもなく己の置かれた立場を悟ったのだろう。
ゆっくりと上体を起こした黒装束の男、覆面からのぞく目にてこちらをジロリ、ひとにらみ。
相手の雰囲気が少し落ち着いたところで、俺はさっそく提案する。
「なぁ、あんた、互いに仕事も終わったことだし、ここから先は共闘といかないか」
カラクリ箱に納められているであろう白の慮晶石を狙っての襲撃。
だが肝心の箱はウイザとセキソツの手に渡り、奈落へと運ばれている真っ最中。
黒装束の男はすでに相棒の騎獣を失っており、これ以上の追跡は不可能。
そして俺の役目もここまで。
運よく生き残った者同士、いまさら殺し合う必要はない。
だからとてついさっきまで命のやり取りをしていた相手から、いきなり手を組もうと言われてもすぐにうなづけるわけもなく。
こちらの真意をはかりかねている様子の黒装束の男。とはいえ逡巡しているようなので、俺はなおもひと押し、言葉を重ねる。
「べつに深い意味はない。たんに生還率をあげるための提案だ。そのざまからして、あんたもとっくに気がついているんだろう? この森の深淵ではおれたち人間こそが最底辺の生き物だってことを」
「それは……」
「あんたがどこの誰かなんて知らないし、まるで興味もない。詮索する気もない。なにせ俺は御者だからな。依頼を受けた荷を目的地に運ぶ、ただそれだけだ」
「しかし、手を組んだところでどうやってこの森を脱出するつもりだ」
「いちおう仲間が帰りに拾ってくれる手筈にはなっている」
「……ということは、うちの連中は全滅したのか」
「まぁ、そういうこった。で、どうする?」
ウソである。あいにくといまの俺には確認のしようがない。だがあれだけウイザが自信満々であったのだから、きっと勝ち残っているはず。
ウイザとセキソツを信じて俺はハッタリをかます。
そいつが功を奏した。ついに黒装束の男がうなづき共闘することを了承した。
◇
男二人に緑のスーラ。
穴の中にて一夜を過ごす。夜が更けるごとに外気温はぐんと下がったものの、穴の狭さがさいわいし、入り口をメロウが塞いでくれたおかげで火がなくとも凍えずにすんだ。
俺たちは夜明けを待って穴から這い出す。
先頭を俺が歩き、真ん中にメロウ、後尾を黒装束の男という隊列。目指すのは拓けた場所。救援要請の狼煙を焚くためだ。
黒装束の男が墜落するときにそれらしい場所を見かけたというので、彼のおぼろげな記憶を頼りに一行は進む。
周囲を監視する目が二つから四つになり、相棒のメロウを合わせたらほぼ全方位を補えるようになったことで、移動速度があがった。また第三者の視点や意見などが加わることで、より客観的に状況を見極められるようにもなる。
おかげで道行きの安全性が格段に高まった。
共闘の恩恵は大きい。もっともその代償として手持ちの食料と水が心許なくなってしまったが……。
携帯食は問題ない。やりくりすれば三日どころか五日ぐらいはもつだろう。
問題は水だ。この森の深淵には水源らしき場所がどこにもない。
背の低い植物があれば、その枝葉から露を集めることも可能だが、見渡す限りあるのは背の高い大樹のみ。
足下の苔をかき集めて絞ってみたが、湿り気はあるもののほんのわずかな水滴も採取できず。
ならばと休憩中に地面を掘ってみたが、すぐに木の根にぶち当たってたいして掘り進められなかった。木の根を傷つけて内部の水分を吸い出そうと試みるも、木の根が異様に固くてろくに刃が通らない。天突く巨体を支えるだけあって、おそろしく密度があり硬度が高くて頑強、人の手には余るシロモノ。
あとは布を広げて大気から集める方法もあるが、これだと時間がかかり過ぎる。
水不足は深刻だ。そこで俺は黒装束の男に相談する。
すると彼は最寄りの大樹を見上げながら言った。
「だったら木の幹の方を調べてみたらどうか」と。
◇
短双剣の二振りを交互に突き刺し、適度に切り込みを入れては足場としながら、俺は大樹をよじ登っていく。
こちらは根とちがって刃が通る。もっとも大樹からすれば表皮の一枚を傷つけられた程度であろうが。
登り続け、木漏れ日が当たっている箇所へと到達。
そこで表面に付着している水滴らしきものを発見した。
木と外気と太陽光により発生した露。
小指の先ですくいとり、顔に近づけてはしげしげと眺める。色味はキレイなものだ。ニオイも確かめてみるが、とくに不審な点は見当たらない。そこで意を決して舌先にのせ、しばし経過をみる。ほのかに甘い気がするも、なんら異状はみられない。
そこで俺は地上よりこちらを見上げている相棒と黒装束の男に手を振りつつ、ついでだから高所より周囲を探ってみることにした。
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