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079 森の深淵
しおりを挟む森にいくつもそびえる大樹たち。そのうちの一本の根元へと降り立った俺とメロウ。
大蛇のごとく地面にうねっている木の根。折り重なる姿がまるで幾重にも張り巡らされた防壁のようであり、越えて進むのにたいそう骨が折れそう。
こんな状況下なので物資は多いにこしたことはない。そこで自分が倒した相手の死体を漁って使えそうなモノを拝借するつもりであったのだが、早々に断念する。
理由は濃さを増していく不穏な気配。
黒鉄蜂と男の骸にさっそく森の生物たちが反応したようだ。
餌を求めていくつもの気配がそこかしこから集まってくる。
争奪戦に巻き込まれたら、こちらまで餌認定されかねない。
俺は急いでその場を離れた。
◇
従来のお椀型の姿へと戻った緑のスーラをお供に森の深淵を進む。
まだ日中にもかかわらず宵闇のごとき暗さ。陽の光はほとんど届いていない。
そのわりには足下がぬかるんでいない。敷物のように生えている苔のおかげにて、なにやらふわふわと心地良いほど。
だが少々厄介でもある。
歩くほどに足跡が点々と残る。
これでは自分を見つけてくれと言っているようなもの。
「まいったな。下手にうろつくとかえって敵をおびき寄せかねない」
吐く息がわずかに白い。気温が低い証拠だ。
極力、苔のない場所を選んで歩く。
そうして石から石へと飛んでいたときのこと。
「えっ?」
不意に足下が消え失せてしまった。
何もわからずにストンと穴へ堕ちてゆく。
この窮地から助けてくれたのは相棒。すかさず体を変形させて触手をのばしては、俺の体を掴んで勢いよく引きあげる。
脱したのとほぼ同時にバクンと穴が閉じ、もとの石へと戻ってしまった。
これは森の生き物。
間近に目にしても本物の岩石と見分けがつかないほど。
完璧な擬態により、俺と同じような考えを持ち行動するマヌケな獲物が引っかかるのを静かに待っている。
俺はゾッとして立ちすくむ。
苔の上を進めば足跡がつき狙われ、岩場を渡れば待ち伏せに合う。
いいや、ひょっとしたら苔に擬態している生物がいたとて不思議ではない。
「そういえばこの森に入ってからずっと気配はしているのに、他の生き物の姿をちっとも見ていないぞ。おいおい、まさかここは……」
擬態生物の宝庫。
そんな最悪の予想が脳裏をよぎって、俺は固まってしまう。
さりとていつまでもこんな所でじっとしているわけにはいかない。
時間は刻一刻と過ぎている。
「日中でもこの暗さ。陽が傾きかけたらあっという間に真っ暗になる。暗闇の中を動きまわるのは自殺行為だ。どうにかして一夜をしのげる場所を見つけないと」
メロウにも協力してもらう。
警戒を密にし、より慎重かつ迅速に俺たちは動く。
◇
夜陰が迫り、焦る中。
方角もわからず彷徨ううちに、岩場の陰にどうにか人ひとりが潜れそうな穴を発見する。
この穴も擬態生物の可能性があるので、何度も確認してから、ようやく穴の中を調べる。
奥は浅い。街中で使用される荷車の荷台ほどの広さしかない。天井が低く中腰になればどうにかという程度。とはいえ夜をしのぐには充分すぎる場所。
ただし問題がひとつ。
先客がいた。
奥にて身を丸めたままぐったりしている黒装束の覆面姿。
あちこち傷を負っており、疲労困憊にて気を失っている。
「最初に倒した黒鉄蜂の御者か。まさかあの高さから墜ちて生きていたとはな」
俺は腰の短双剣に手をかけ近づく。
いまならば簡単に息の根を止められる。
けど……。
俺は握っていた柄を放し、ゆっくりと後ずさる。
「ヤメておこう。血のニオイを嗅ぎつけられても面倒だしな。それにこいつが生き残ったのは、おそらく相棒が最後の力を振り絞って助けたからだろう。セキソツに切り刻まれてもなお主人を守った健気な騎獣にめんじて、いまは見逃してやる。もちろん目を覚まして襲ってきたら返り討ちにするがな」
俺は反対側へと移動し、腰を下ろす。
メロウもそれに倣った。
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