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077 森の中
しおりを挟む起伏に富む丘陵地帯を彷彿とさせる森の上層部。
充ちている緑がぎゅうぎゅうと押し合いへし合いをしているかのよう。
そんな場所へと躊躇うことなく突入したウイザが駆る銅蜻蛉セキソツ。
上層部の内側は緑の迷宮のごとき様相。
わずかな隙間を縫うようにして銅蜻蛉は進む。
速度をほとんど落とさない。器用に体を傾けては障害物をかわし、ときには四枚の薄羽をたたみ狭い穴をも突破していく。
葉、葉、葉、枝、葉、枝、枝、枝、蔓、葉、葉葉葉葉葉葉……。
すごい勢いで後方へと流れていく景色。
俺はウイザの腰にしがみつき細目をあけて見送るばかり。
それが唐突に終わった。
突き抜けた先に待っていたのは、空の上からでは想像もつかないような光景。
薄闇の中、巨大な木々がいにしえの塔のようにそびえ立つ。
幹が太い。軽く十シーカを越えるようなシロモノがゴロゴロしている。
艶のある木肌が断崖絶壁のごとく地上まで真っ直ぐに続いている。途中にコブや枝の類はない。まるで不要だとばかりに木がみずから切り捨てたかのよう。取っ掛かりとなる箇所が皆無。これでは素手でよじ登ることはほぼほぼ不可能。
森の中にもかかわらず、空の上で感じたむせかえるような濃厚な緑のニオイがしない。
漂うのは少しひんやりとする清浄なる空気。冬の朝の肺に染みる、あの空気に似ている。
風はとても穏やかだ。
所々に差し込んでいる木漏れ日たち。光の筋が舞台の照明のように、森陰の底へと底へとのびている。
威容、風格、荘厳……、圧倒的かつ濃密な自然。
幻想的にて美しい。
だが怖い。
まるで自分たちが巨人の国にでも迷い込んだかのような錯覚を覚える。己の矮小さを突きつけられる。
けれどもこの光景を産み出したのはまぎれなく人間たち。
大戦によって痛めつけられた大地は、己の体をより強靭にすることで苦難を乗り越え新時代を迎えた。
この外地の森では、生態系の中に人間という種ははなから組み込まれていない。必要とされていない。
そんな場所を黙々と飛び続ける銅蜻蛉。
つい先ほどまでの喧騒がウソのような静寂。
だが何もいないわけじゃない。それどころかどこぞより突き刺すような視線や蠢く気配をヒシヒシと感じる。
手綱を握るウイザの緊張が背中越しに伝わってくる。
二体の黒鉄蜂と追走劇を繰り広げているとき以上に、神経を尖らしている空の御者。それだけこの場所が洒落にならないということ。
だからウイザもすみやかにこの場所を通り抜けてしまいたかったのだろうが……。
ガサガサガサっ。
静寂を破る物音。あわてて見上げてみれば二体の黒鉄蜂。
セキソツのように器用に緑の迷宮を抜けられなかった連中は、強行突破を敢行したのだ。
連中はこの場に漂う不穏な気配にもおかまいなし、追撃を再開する。
銅蜻蛉を猛追する黒鉄蜂たち。
うち一体が後方より針を射出。背後を見張っていた俺の警告にて、ウイザがすぐさま手綱をさばいて、これを回避する。
さらに続けざまにもう一本放たれるも、そちらは俺が短双剣の一刀にてどうにか打ち払うことに成功。
ところがそうこうしているうちに、後方に二体いたはずの黒鉄蜂のうちの一体の姿が消えていた。
俺は懸命に首を動かし周囲を索敵するも見つからない。
そこで拡張能力により聴覚を強化。まぶたを閉じ耳を澄まして音を探る。
すると耳がかすかに拾ったのは「ブブブ」という翅の音。方向は右斜め前方。
「前だ、ウイザ。右の木の陰から回り込んでくるぞ!」
警告を発するのとほぼ同時に、飛び出してきた黒鉄蜂。
背後の味方がこちらの注意を引きつけているあいだに、先回りをしての挟撃。
銅蜻蛉の進路を完全に抑えた相手が、狙いすまして針を撃つ。
至近距離にて放たれた針がウイザの胸元へと迫る。当たれば彼女ともども俺も串刺しになっていたことであろう。
この窮地を脱するためにウイザが手綱を軽くピシリと鳴らす。
とたんにセキソツの身がくるんと裏返し、天地が逆転した。背面飛行だ。
直後に、ひゅんと風切り音がすぐそばを駆け抜ける。
さらされた銅蜻蛉の腹の上を針が通過。
ついでに前方を塞いでいた黒鉄蜂の股下ギリギリをも勢いそのまま通り抜け、ウイザがご機嫌の口笛ひとつ。
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