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075 空戦
しおりを挟む雀蜂と蜻蛉。
その攻撃性の高さと狂悪な見た目からして雀蜂の方が強そうではあるが、じつは蜻蛉は雀蜂を捕食する。
蜂は一匹の女王を頂点に高度な社会を形成する生き物。
集団戦こそもっとも得意としており、単体ならば機動力に勝る蜻蛉の敵ではない。
はずなのだが……。
急降下による強襲を失敗した黒鉄蜂。
回避したことにより一時的に頭上をとることになった銅蜻蛉セキソツ。だが反撃へと転じる余裕はない。
翅を目いっぱいに広げ急制動をかけた黒鉄蜂。宙にてクルリとでんぐり返しをするなり、毒々しい縞模様を持つ腹を晒し、その先端部分をこちらへと向ける。
すかさず射出されたのは針。
針といっても、木の杭ほどもある大きさ。
ほぼ真下から狙い撃ちされたそいつを、銅蜻蛉は身を九十度傾けることでからくも避ける。
「気をつけなよ。あの針には神経毒があるからね」
と手綱を持つウイザの声。
空の戦いにおいて、致死性の毒なんぞは不要。相手の行動をほんの少し阻害するだけでいい。あとは勝手に堕ちて死ぬ。
こちらが態勢を直しているわずかな間に、早くも同高度にまで戻ってきた黒鉄蜂。そのままピタリと後方に張りつく。
背後をとられることを嫌ったウイザが銅蜻蛉を右へ左へと蛇行させふり払おうとするも、離れることなくついてくる。
そのくせ仕掛けてはこない。圧力をかけて精神力を削るばかり。
少しでも騎獣の操作を誤ったり、集中力を切らしたところを、確実に針で狙い撃つ算段なのだろう。
「ふんっ、女の尻をチョロチョロ追いかけまわすなんざぁ、いやらしいヤツだね。そっちがその気なら……。ダイア、ちょいと無茶をするからしっかり掴まってな!」
ウイザが吠えるなり、急上昇を始める銅蜻蛉。
薄い四枚羽が風を斬り、その身が弧を描きながら天上を目指す。
敢行されたのは高速宙返り。
言われるまでもなく俺にはウイザの腰にしがみついてることしかできない。発生する遠心力と重力にて体の中がかき回される。風に混じって大気中に漂う妖精の鱗粉、空にあるすべてが敵に回ったかのような感覚に襲われ、ともすればふっと遠のく意識を懸命に留める。
銅蜻蛉セキソツが頂点に到達した瞬間、唐突に体が軽くなった。
まるで自分自身が羽にでもなったかのよう。
すべてから解き放たれる感覚は、空の上ならではのモノ。
しかしこれで終わりではない。昇りがあれば降りがある。
だから俺は下腹と四肢に力を込めて、来たるべき衝撃に備えていたのだが、次にウイザがとった行動は俺の予想の斜め上をいく。
天空の頂にて羽を止め、だらりと弛緩した銅蜻蛉。
飛ぶことを放棄したその身は自然落下を開始する。
けれども当然ながらただ落ちるわけじゃない。
四枚羽をふたたび広げて姿勢を制御し、くるりくるり、じょじょに回転数を上げていく。
ウイザは宙返りを途中で止めて、錐揉み飛行へと移行したのだ。
銅蜻蛉の機動力があったればこその動き。
その軌道が天地を結ぶ一本の線となり、向かうのは無防備に頭上を晒している黒鉄蜂。
みるみる両者の距離が縮まっていく。
さなか銅蜻蛉セキソツの四枚の薄羽が微細に振動して「ブーン」と羽音を立てる。
セキソツの羽が哭いている。
俺の武器である双短剣・黒羽と同じ。いや、もともとは銅蜻蛉の攻撃方法を参考に開発されたのが、黒羽なのだ。
透き通るような薄羽。その色味が変わっていく。
宿るのは夕陽を思わせるような、鮮やかな橙色。
先端までもがその色に染まった瞬間、羽が絶刀へと昇華。
回避行動をとろうとする黒鉄蜂。
だが間に合わないと判断したのか、針による迎撃を目論む。
しかしすべてが遅きに失した。
射出された針が捉えたのは銅蜻蛉の残像。
直後に光の矢が通り過ぎ、黒鉄蜂の身は空中分解を起こした。
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