御者のお仕事。

月芝

文字の大きさ
上 下
74 / 121

074 黒鉄蜂

しおりを挟む
 
 赤い吹雪きの夜が明けた。
 雲間より光が差す。
 風はまだ少しあるものの、「この程度なら飛行に問題はない」とウイザの言葉。

 今日中に大樹の墓場を抜けるべく、俺たちはすぐに出立する。
 四枚の薄羽を広げた銅蜻蛉のセキソツにまたがり先を急ぐ。
 途中、ときおり地表に目を凝らし、俺は昨夜の出来事の痕跡を探す。
 あれほどの巨大な存在同士、ぶつかれば相応の被害が発生しているはず。
 だがどこにもそれらしい痕跡は発見できない。
 深夜にこの地を徘徊していた何者かがいたことはまちがいない。そいつの足音は俺だけでなくウイザも耳にしている。けれども影の赤子については知らないと、彼女は首をかしげていた。

 あれは赤い雪がみせた幻影……。

 そう考えられたらどれだけよかったことか。
 だが、目が合ったほんの一瞬で体に刻み込まれた恐怖がそれを許してくれない。
 恐るべき影の赤子はたしかにいた。
 いまはまだ四つん這いでしか動けない赤子もいずれは育ち、自分の足で立つようになる。
 これはあくまで個人的な見解、推定ながらも現時点でさえ災害級を上回る脅威であるというのにもかかわらず、である。
 けっして見過ごしていい存在ではない。
 だからとていまの人類にはどうしようもない相手。
 確実に来るであろう絶望の未来。
 俺たちに残された時間はあとどれくらいあるのだろうか。
 その時、人類にはまだできることが何か残されているのだろうか。

  ◇

 御者の男が抱く悲嘆なんぞにはかまわず、セキソツは飛び続ける。
 ひくり、鼻孔をくすぐるのは青臭さ。
 風に含まれるニオイが変わった。
 灰色の景色が終わり、生命力が旺盛な緑の世界が戻ってくる。ついに大樹の墓場を抜けたのだ。
 ふたたび森林地帯上空へと突入したセキソツ。ここでウイザが手綱を軽く引き、高度をあげさせる。
 すぐにニオイが薄まり、風が透明となる。
 うっかり雲の中に入らないように気をつけながら、森のニオイがほとんど届かない位置を保つようにセキソツを操るウイザ。
 ここは外地。眼下に広がるのは内地の森とはちがう。あそこは魔界だ。蠢くのは人知を越えたバケモノばかり。なかには想像もつかない攻撃方法を有する危険生物もいる。
 この高度は空の上だからとて油断はならないがゆえの配慮。

 だから俺も哨戒活動を続けていたのだが、ふと視線を左斜め後方下へとやったときに、そいつを見つけた。
 影が猛追している?
 太陽とセキソツの位置関係から、てっきり自分たちの影が森の表層に映っているだけかとおもったのだが、よくよく目を凝らして見てみれば、影がときおり二重にぶれる時がある。
 飛行速度と森の起伏ゆえに生じる錯覚か。しかし何やら様子がおかしい。

「……まさか」

 ハッとなり顔をあげた俺の視線は地上から上空へと。
 すると雲間を渡り太陽を背にして高速移動しているモノを発見した。
 巧妙な位置取り。自分の影をこちらの影に重ねては誤魔化しながら追走している。

「いかん、敵だっ!」

 警告を発するなり「しっかり掴まってな」とウイザ、手綱握る右手を強く引く。
 とたんにセキソツがグンっと加速、からの急旋回を開始。
 地面を這いつくばっていてはけっして味わえない重力が発生し、内臓と血が片側に押しやられるのを感じながら、俺は必死にウイザの腰にしがみつく。

 直後のことであった。
 上空より飛来した敵がすぐ脇を急降下。
 間一髪、強襲を回避した俺たち。もしも気づくのがあと少し遅れていたら、直撃を喰らっていただろう。
 刹那の交差、俺は敵の正体をしかと目に焼きつける。

 大型昆虫類・黒鉄蜂(くろがねばち)とその背にまたがる黒ずくめの男。

 敵はこちらと同じく空の騎獣を操る御者。それも人類に許された空域ギリギリの雲海に身を潜めては、獲物を突け狙うようなイカれた相手。
 俺やメロウというお荷物を抱えた状態では逃げ切るのは難しい。
 激戦必至の状況、だというのにウイザが不敵な笑みを浮かべ、セキソツがかすかに身を奮わせる。


しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ
ファンタジー
異世界で危機に陥ったある国にまつわる物語。 生まれながらにして嫌われ者となったギュールス=ボールド。 魔物の大軍と皇国の戦乱。冒険者となった彼もまた、その戦に駆り出される。 捨て石として扱われ続けるうちに、皇族の一人と戦場で知り合いいいように扱われていくが、戦功も上げ続けていく。 その大戦の行く末に彼に待ち受けたものは……。

処理中です...