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074 黒鉄蜂
しおりを挟む赤い吹雪きの夜が明けた。
雲間より光が差す。
風はまだ少しあるものの、「この程度なら飛行に問題はない」とウイザの言葉。
今日中に大樹の墓場を抜けるべく、俺たちはすぐに出立する。
四枚の薄羽を広げた銅蜻蛉のセキソツにまたがり先を急ぐ。
途中、ときおり地表に目を凝らし、俺は昨夜の出来事の痕跡を探す。
あれほどの巨大な存在同士、ぶつかれば相応の被害が発生しているはず。
だがどこにもそれらしい痕跡は発見できない。
深夜にこの地を徘徊していた何者かがいたことはまちがいない。そいつの足音は俺だけでなくウイザも耳にしている。けれども影の赤子については知らないと、彼女は首をかしげていた。
あれは赤い雪がみせた幻影……。
そう考えられたらどれだけよかったことか。
だが、目が合ったほんの一瞬で体に刻み込まれた恐怖がそれを許してくれない。
恐るべき影の赤子はたしかにいた。
いまはまだ四つん這いでしか動けない赤子もいずれは育ち、自分の足で立つようになる。
これはあくまで個人的な見解、推定ながらも現時点でさえ災害級を上回る脅威であるというのにもかかわらず、である。
けっして見過ごしていい存在ではない。
だからとていまの人類にはどうしようもない相手。
確実に来るであろう絶望の未来。
俺たちに残された時間はあとどれくらいあるのだろうか。
その時、人類にはまだできることが何か残されているのだろうか。
◇
御者の男が抱く悲嘆なんぞにはかまわず、セキソツは飛び続ける。
ひくり、鼻孔をくすぐるのは青臭さ。
風に含まれるニオイが変わった。
灰色の景色が終わり、生命力が旺盛な緑の世界が戻ってくる。ついに大樹の墓場を抜けたのだ。
ふたたび森林地帯上空へと突入したセキソツ。ここでウイザが手綱を軽く引き、高度をあげさせる。
すぐにニオイが薄まり、風が透明となる。
うっかり雲の中に入らないように気をつけながら、森のニオイがほとんど届かない位置を保つようにセキソツを操るウイザ。
ここは外地。眼下に広がるのは内地の森とはちがう。あそこは魔界だ。蠢くのは人知を越えたバケモノばかり。なかには想像もつかない攻撃方法を有する危険生物もいる。
この高度は空の上だからとて油断はならないがゆえの配慮。
だから俺も哨戒活動を続けていたのだが、ふと視線を左斜め後方下へとやったときに、そいつを見つけた。
影が猛追している?
太陽とセキソツの位置関係から、てっきり自分たちの影が森の表層に映っているだけかとおもったのだが、よくよく目を凝らして見てみれば、影がときおり二重にぶれる時がある。
飛行速度と森の起伏ゆえに生じる錯覚か。しかし何やら様子がおかしい。
「……まさか」
ハッとなり顔をあげた俺の視線は地上から上空へと。
すると雲間を渡り太陽を背にして高速移動しているモノを発見した。
巧妙な位置取り。自分の影をこちらの影に重ねては誤魔化しながら追走している。
「いかん、敵だっ!」
警告を発するなり「しっかり掴まってな」とウイザ、手綱握る右手を強く引く。
とたんにセキソツがグンっと加速、からの急旋回を開始。
地面を這いつくばっていてはけっして味わえない重力が発生し、内臓と血が片側に押しやられるのを感じながら、俺は必死にウイザの腰にしがみつく。
直後のことであった。
上空より飛来した敵がすぐ脇を急降下。
間一髪、強襲を回避した俺たち。もしも気づくのがあと少し遅れていたら、直撃を喰らっていただろう。
刹那の交差、俺は敵の正体をしかと目に焼きつける。
大型昆虫類・黒鉄蜂(くろがねばち)とその背にまたがる黒ずくめの男。
敵はこちらと同じく空の騎獣を操る御者。それも人類に許された空域ギリギリの雲海に身を潜めては、獲物を突け狙うようなイカれた相手。
俺やメロウというお荷物を抱えた状態では逃げ切るのは難しい。
激戦必至の状況、だというのにウイザが不敵な笑みを浮かべ、セキソツがかすかに身を奮わせる。
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