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070 羽休め
しおりを挟む休憩のために地上へと降りた一行。
ウイザは自分の荷袋より刷毛(はけ)を取り出す。王都の職人に作らせた毛先が柔らかい特注の品。
刷毛にてセキソツの薄羽の表面を優しく撫でては、表面についた細かいホコリを丁寧に払い落としてゆく。
翼を持つ者が、その翼を他者に委ねる。
最大限の敬意と信頼の証。
御者と騎獣の良好な関係を象徴するかのような微笑ましい光景。
その姿に目を細めつつ俺は屈伸やら背伸びをしては、凝り固まった筋肉をほぐし、滞りがちな血を全身に巡らすように努める。
じきに体が火照ってきて、鏡がなくとも自分の顔に赤味が戻ってくるのを感じながら、俺はウイザに声をかける。
「実際のところ狙われるとおもうか?」
作業の手を止めることなくウイザは「五分五分かな。今回は方法が方法だし、とてもじゃないけど全員は追えないだろう。それに特級も動いているって話だしな。でもモノがモノなだけに、欲しいヤツは大勢いるだろうねえ」との私見を述べる。
五十組以上の御者と騎獣が、白慮晶石が納められたとされるカラクリ箱を奈落へ捨てるという依頼のために動いている。
本物がどの組が運んでいる箱に入っているのかはわからない。
だからとて手当たり次第にちょっかいを出すのはあまりにも効率が悪すぎる。アタリを引く確率はかなり低い。しかも参加している御者たちは各支部が面子にかけて選りすぐった精鋭揃いのはず。
みな腕に覚えありの面々。
人獣一体となった御者を相手どっての略奪行為はさぞや骨が折れることであろう。
「追撃は難しい……となれば先回りして穴の近くで待ち伏せをするのが妥当か」
「まぁ、そうなるよね。穴の近くなら、周辺の地形から経路予測をするのはさほど難しくないだろうし」
会話をしながら羽の手入れを終えたウイザは刷毛をしまうと、こんどはきめの細かい上等な布を取り出し、丹念にセキソツの体を拭きはじめた。
ウイザが手を動かすたびに、空の旅でくすんでいた銅色が輝きを取り戻してゆく。
気持ちいいいらしく、セキソツがピンとのばした長い尾の先をぴくぴく上下させている。
「その経路には空の道も含まれているのか、ウイザ」
「まぁね。好き勝手に飛んでいるようにみえて、空の上も場所によってはかなりの制約を受けるから。とくにこの先にある大樹の墓場には赤いのが吹雪くからねえ」
「あの陰気な場所か。正直なところ、あんまり近寄りたくはないんだがなぁ」
大戦時に新兵器を開発するための研究施設があったとかで、強力な爆弾を落され、爆風にて木々が薙ぎ倒された大森林の一区画が「大樹の墓場」と呼ばれ忌み嫌われている場所。
爆撃により陽の光が地面にまで届くようになったことで、ちがう植生が台頭。大木が育たなくなって、様相を一変させた地。
倒木の残骸が散在しているだけの灰色の景色。
そして大樹の墓場には赤い雪が降る。
この赤い雪、ちっとも冷たくなくて触っても実害はない。だが体につくとたちまち溶けて、本物の血のようになるのがどうにも鬱陶しい。シミにもなりやすいから洗濯業者泣かせでもある。
あとは吹雪く夜には、巨大な赤子の影が徘徊しているなんていう怪談ネタもあるが、さすがにそれはガセであろう。
「なぁ、どうしても大樹の墓場を通り抜けなくちゃいけないのか? ひょいと迂回して……」
「あー、気持ちはわかるけどダメダメ。それだと期限に間に合わなくなってしまうからね。それよりもダイア、いまのうちにしっかり食べて出すもん出しておきなよ。障害物が多い森の中ではおいそれと休憩できないから」
セキソツの世話を終えたウイザが携帯食をかじりだしたもので俺もそれに倣う。
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