御者のお仕事。

月芝

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068 奈落

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 空から墜ちてきた長大な慮骸。その死体から回収された白の慮晶石。
 輝き、純度、品質、ありとあらゆ面において群を抜いている。
 当初、狩人より報告を受けた国および研究者たちが歓喜したのは言うまでもない。
 だが喜びの時間は長くは続かなかった。
 すぐに持て余したのである。
 人の手には過ぎたる品。扱い方を誤ればとんでもない災厄を引き起こしかねない危険なシロモノであることがじきに判明。
 ならば封印して時節の到来を待つ、未来に希望を託そうと考えたのだが、それを許さぬ事情が発生する。
 極秘裏に管理していたのにもかかわらず、どこぞより情報が外部に漏れてしまったのだ。

 超兵器に転用可能な物質。
 そんなモノを保持しているというだけで、他国に猜疑心を抱かせ、いらぬ緊張を産み、眠っていた野心をも刺激してしまう。
 大戦後、いまだ平和にはほど遠く内憂外患、不安定な世界。
 やるべきことは多く、足りないことだらけ。いかに国とはいえ腹の中に特大の爆弾を抱えていられるほどの余力はない。
 そこで国は断腸の想いにて、せっかく手に入れた白の慮晶石の廃棄を決定する。

  ◇

「で、ウイザには奈落までちょいとひとっ飛びして、カラクリ箱を捨ててきて欲しいんだよ。ダイアにはその護衛を頼みたい」と支部長のナクラ。

 それが今回の依頼内容。
 奈落とは、妖精の鱗粉、慮骸とともに三大禁忌のひとつに数えられる黒穴。
 大地にぽっかり開いた大穴。
 推定直径千シーカ(約一キロメートルぐらい)、まるで切り取られたかのようにまん丸の形状をした竪穴にて、縁や内面はつるつるのガラス質をしており、深さは不明。
 底を確認しようにも内部には気流が渦を巻いており、翼ある者の侵入を拒む。
 充ちている闇もただの闇ではない。照らした明かりをたちまち呑み込んでは黒に染めてしまう性質を持ち、一切の光を拒む場所。

 国は危険物を廃棄するにあたって議論を重ねた末に「奈落への廃棄」という結論に達する。
 となれば王都から軍隊を派遣するのが一番手っ取り早いのだが、奈落へと向かうにはいくつかの国境および緩衝地帯を越える必要がある。
 大戦の傷跡がいまなお濃く残る状況下、軍事行動は他国のいらぬ誤解を招き、紛争を引き起こしかねない。これはなんとしても避けねばならぬ。
 また外地を渡る集団行動が刺激するのは人間のみにあらず。
 現地に蠢く変異種や慮骸との遭遇、戦闘行為はほぼほぼ不可避。
 安全のために隊の規模を大きくすれば、それだけ目立ちかえって危険を惹きつける。かといって減らせばそれだけ防衛力が弱まり、人命を危険に晒すことになる。
 かかる費用も莫大なものとなる。
 そこで限られた予算にて、より確実に目的を達するために白羽の矢が立ったのが、御者と騎獣。

「今回、こいつと同じカラクリ箱が王都の本部より各支部にいくつもばら撒かれたんだ。どれにアタリが入っているのかは誰にもわからない」

 肩をすくめるナクラ。
 彼女のはっきりしない物言いの理由はこれであったのだ。
 ばら撒かれた箱の総数は五十を越えるそうだが、正確な数は不明とのこと。
 本当にどれかに白の慮晶石が入っているのか、真偽も不明。

「箱を託された御者たちが、よーいドンと一斉に奈落をめざすわけか。なるほど、考えたな」
「的を絞らせない工夫か。ふーん、中央にもおもしろいことを考えるヤツがいるんだねえ」

 俺とウイザがようやく得心のいったところで、最後にナクラが爆弾発言。

「ちなみに今回、中央お抱えの特級も出張るそうだ。もしもかち合ったらすぐに逃げろよ」

 御者には実績と実力により運送組合から等級が割り振られている。
 下から順に、第三等級、第二等級、第一等級といった具合に。
 この頂点に君臨するのが特級。
 扱う騎獣もバケモノならば、その手綱を握る者もバケモノ。あまりの規格外ぶりゆえに料金もバカ高いから、たいていは国や大商会などのお抱えとなっている。
 現在、当国にいる特級御者は二人のみ。
 うち一人が参加する知り、ウイザは頬をひくつかせ、俺は冷や汗たらり。


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