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067 カラクリ箱
しおりを挟む家でメロウとぐだぐだ過ごしていたら、職員のジルが訪ねてきた。
受付に座ればたちまち列ができる一番人気の女性職員。頬が紅潮しており呼吸が荒い。どうやらここまで走ってきたようだ。
もしも俺がもう少し若くて活きが良ければ、「あれ、ひょっとして」なんぞとかんちがいしたのかもしれないが、あいにくと自惚れて一喜一憂するような、そんな初心な時期はとうに過ぎている。
で、案の定にて彼女は開口一番、こう言った。
「お休み中のところ申し訳ありません、ダイアさん。支部長より緊急招集です」
◇
支部長室に顔を出すと、支部長ナクラのほかに女性がひとり。
ウイザだ。いつもは遮光眼鏡に防寒具姿だから、私服だと一瞬誰だかわからなかったが、茶髪の鳥の巣頭でピンときた。
第一等級の御者二人を緊急で呼び出している時点で、相当にやっかいな案件が持ち上がっていることが容易に察せられる。俺は余計な軽口は挟まずウイザの隣に腰を下ろす。
するとさっそくナクラが卓上に取り出したのは、ひとつの箱。
一辺二十チア(約二十センチ)程度の大きさの立方体。頑強な鉛製にて、表面には幾何学的な模様が刻まれてある。
箱を持ちかえすがえす、興味深げに眺めているウイザ。
俺の視線は表面の模様に注がれている。
「これは……、ひょっとしてカラクリ箱か」
その言葉にナクラがうなづく。
世界が妖精の鱗粉に蹂躙され、人類の文明は著しく退化した。
影響は各方面におよび、防犯関係も例外ではない。電子機器系はすべてダメになり、残ったのは昔ながらの構造を持つ金庫。
だが大きく重量のある金庫を持ち歩くわけにはいかず、その代用品として開発されたのがカラクリ細工の貴重品入れである。
あちこちの部位が動くようになっており、特定の手順を踏まないと開けられない仕組み。
精巧かつ物騒な品になると、中身ごと自爆したり毒針などの罠が仕掛けられているモノもあるとか。
鉛製のカラクリ箱は派手さこそはないが、どっしり重厚、見事な造りにてよほどの名工の手による品であろうと素人目にも判別できる。
「中身は何だい?」
ウイザがたずねると、ナクラはやや困り顔にて「おそらくは慮晶石だ」と答えた。
慮晶石は赤青緑の三原色を基本とし、組み合わせにより派生する黄や紫などの「混ざりモノ」も存在している。
生体兵器・慮骸の核に妖精の鱗粉が作用して結びつき変質し、より強い力を宿すようになった石。
現在、その活用法を模索する研究が王都にて盛んに行われており、一部運用も始まっているんだとか。
人類文明の再興の鍵を握るとされている。
「慮晶石の入れ物にしてはずいぶんとご大層だな。よほど価値のある品が入っているのか」
俺の問いにナクラは渋面となり「たぶん」と言い淀む。
さっきからあやふやな表現が続いている。いつもの歯切れの良さがない。
ナクラの態度に俺とウイザはそろって首をひねるばかり。
場の空気が微妙にしらけたものとなる中、ナクラは重たい口を開く。
「じつは、こいつの中身は白の慮晶石らしいんだ」
白と聞いて、俺とウイザはギョッ!
慮晶石は大きさや、色味などによって価値が乱高下するのだが、その中でも特に珍重されているのが黒と白の慮晶石。
慮骸の中でもこの二色を所持する者は別格。
実質、討伐不可の災害級とされる存在にて、過去に回収されたのは、たまさか死骸を見つけたり、地面に埋まっているのを発見したりと、偶然による産物に他ならない。
とくに白にいたっては世界でも五指に数えるほどしか発見例がない超希少品。
もちろん俺も拝んだことはない。あくまで知識として存在を知っているだけだ。
だがしかし……。
「『おそらく』『たぶん』で、お次は『らしい』か。さっきからあいまいな物言いばかり。どうにもナクラさんらしくないな」
「いや、すまん。じつは私も中身は知らないんだ。あくまで、そうじゃないかというウワサでね」
なにやらこの箱にはややこしい事情があるようで、話はようやく核心へと。
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