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066 空の御者
しおりを挟む相棒のメロウにもたれかかり、俺がぼんやりと眺めていたのは釣り竿の先。
たまの休日、陽気に誘われるようにして湖へとくり出したものの、いまのところ釣果はなし。
俺が居をかまえている城塞都市ソーヌは、大戦時、奇跡的に被害をまぬがれ原型を留めた数少ない都市のうちのひとつ。
適度に拓けており、壁の内部には都市部の他に農業や酪農を営む空間のみならず、ちょっとした森や湖もあって、理論上は数年単位での籠城が可能。
戦後は国の内地と外地の中間に位置していたことから、人流と物流の拠点としてそこそこ賑わっている。
柔らかな木漏れ日、静かな湖面、ときおり吹く爽やかな風が肌に心地よく、眠気を誘う。
砂河を渡って隣国へと赴く過酷な長旅でささくれた心身が癒される。その仕事であらためて痛感したのは「集団行動はとかく面倒」ということ。やはり俺は相棒とふたり、気ままに各地を巡る方が性に合っているようだ。
そんなことを考えながら釣り糸を垂れていると、不意にメロウがピクッとし、俺もすぐさま腰の短双剣に手をのばす。
が、視線の先、湖面に浮かぶ相手の姿を目の当たりにして、すぐさま警戒を解いた。
湖面すれすれの高さに浮かんでいたのは銅蜻蛉(あかとんぼ)。
四枚の薄羽にて空を自在に駆ける、全長五シーカほどの大型昆虫類。銅細工のような体表をしており、空飛ぶ工芸品の異名を持つ。
背に設置された鞍に跨っているのは、遮光眼鏡を装着し防寒具を着込んでいる女。
「なんだよ、ウイザとセキソツか。おどろかせやがって。おい、悪ふざけが過ぎるぞ」
俺が声をかけると女が手を振り笑う。
「悪い悪い、あんまり気の抜けた格好をしていやがるから、ついちょっかいを出したくなってしまったんだよ」
彼女こそが我ら運送組合ソーヌ支部が誇る第一等級御者のうちがひとり、ウイザ。
相棒の騎獣・銅蜻蛉のセキソツとともに天駆ける女御者。
積載量と力ではトパスとコクテイが、小回りと汎用性では俺ことダイアとメロウが、そして運べる量は限られているが最速を誇るのがウイザとセキソツたち。
妖精の鱗粉によって汚染された空。
上空こそは飛べないものの、雲の下、地表近くの中間層であれば問題ないので、ほぼほぼ地形や障害物に左右されずに最短距離を突き進める。
だから彼女たちがこなす依頼はもっぱら緊急性を要する書類やら手紙の運搬など。
手綱を握るウイザの指示にてセキソツが薄羽をわずかにふるわす。銅色の細身が湖面を滑るようにしてこちらへと近づいてくる。
銅蜻蛉の怖いところはこれだ。
鳥や他の虫たちの飛翔とはまるでちがう飛び方。
その場に制止したり、上下左右に移動したり、ジグザグに飛んだりと、その挙動の幅が広く、緩急自在にして急制動も可能。
他の翼を持つ者たちとはあきらかに異質な存在。加えていざともなればあの四枚の薄羽が凶器に変わるのだから手に負えない。
あまり長時間、連続では飛び続けられないという弱点こそあるものの、それを補って余りある利点を有する空の騎獣。
すぐ近くにまでやってきたセキソツ。
その背から降りることなく首をのばし、岸辺に置いてある魚籠をのぞき込んだウイザが「なんだい、ちっとも釣れてないじゃないか。シケてるねえ」とからかいがてら、投げて寄越したのは金製の携帯酒瓶。
空の上は気温が低いので防寒は必須。ゆえに空の御者はつねに携帯酒瓶に度数が強めの酒を入れて持ち歩いてる。
受け取った携帯酒瓶を揺らしてみると、ちゃぽんちゃぽんと音がする。中身が半分以上入っているようだ。
「残ったからやるよ。かなりの上物だぜ」
「おっ、悪いな。入れ物はあとでちゃんと洗って返すから」
「何をかんちがいしているんだい、ダイア。あんたにじゃないよ。そいつはメロウにだよ。だらしない主人のお守りをさせられているのに、いつも安酒ばかりじゃあ、あんまりだからね」
「なっ、失敬な!」
言うだけ言うと、ケラケラ笑いながらさっさと行ってしまったウイザ。あっという間に遠ざかり見えなくなったセキソツ。
残された俺は、さっそくチビチビとやり始めたメロウに擦り寄りおこぼれをねだる。
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