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059 足止め十日目・対立
しおりを挟む心の弱っている者が追い詰められてとる行動は限られている。
酒に逃げるか、薬物にすがるか、淫欲に溺れるか。
俺も退役後しばらくの間、酒に逃げていた時期があるから、現実から目を背けたくなる気持ちはよくわかる。もしも相棒と出会わなければ、支部長のナクラに御者の仕事に誘われなければ、そのまま泥沼にはまって堕ちていたかもしれない。
現在は隣国へ向けての旅の途中、大凪ぎに遭遇し砂河の中州に足止めを喰らっているので、選べるのは酒しかない。
重大な失態を犯したネソはミアルを相手に自棄酒をあおり、酔っ払ったあげくにふて寝を決め込む。
翌十日目早朝。
今日もカンカン照り。元気なのは太陽だけ。風も乾いたまま。このぶんでは大凪ぎはまだ続きそうだ。
俺は岸辺に立ち、昨夜チグモ商会の砂船が沈んだあたりを眺めつつ、味気のない朝食を摂る。
小麦粉を練ったものに乾燥させた野菜や肉片を混ぜ込んで、人差し指ぐらいの大きさに固め焼いた携帯食。味は最悪だが日持ちはするので旅のお供には欠かせない。
だがもっさりぱさぱさとした食感ゆえに、あっという間に口の中の水分を持っていかれる。ゆえに現在のような乾いた状況下では、食べ方にちょいとコツがいる。
基本咀嚼はしない。しても必要最低限の回数だけ。小さくかじって歯で角を削りとったらすぐに呑み込む。これは口腔やノドの粘膜を傷つけないための配慮。
いささか胃がもたれる食べ方だが、待機中はどうせじっとしているだけだから問題ない。
手早く食事をすませた俺は、遠目にうっすら狼煙が二本あがっているのを確認してからその場を離れた。
狼煙をあげているのはべつの中州へと避難している商隊の連中。離ればなれになってしまった仲間に互いの無事を報せているのだ。
当然ながらこちらも狼煙を毎日あげている。
◇
自分の砂船へと戻る前に俺はアマノ商会のところに向かった。
オリガから今後のことについて相談したいといわれていたからだ。
彼のところには経験豊富で優秀な人材が揃っているというのに、いちいちその他大勢のうちの一人にすぎない俺にまで声をかける。第一等級の御者の意見を訊きたいということもあるが、大切なのは身内だけでなく外部の人間の話にもちゃんと耳を傾けているという態度を周囲に示すこと。
商会の力を背景にすれば、いかようにでも押し切れるのにオリガはそれを良しとはしない。
なぜなら先の先のことを考えれば、自分にとっても商会にとっても損にしかならないからだ。
ちょっとしたことの積み重ねが人心掌握に繋がる。
こういった腹芸を自然と行えるかどうかだけでも、オリガとネソとの格の違いがよくわかるというもの。
かくいう俺もオリガの術中にはまりつつあるようだが……。
アマノ商会のところに顔を出すと陣営がざわついていた。
なんでもついにチグモ商会側から離反者が出てしまったらしい。
人数は五人。その小集団を率いてアマノ商会へと駆け込んできたのは、ロウセという男。彼こそがネソのお守り役として商会本部から遣わされた人物。
ぱっと見はどこにでもいる中年男性だが、雰囲気が妙にどっしりしている。まるで地面に深く打ち込まれた杭のようであり、その態度を裏打ちするだけの実績を積んできたのであろう。補佐役を任されたことからしても、商会長からの信任も厚いはず。
そんな男がオリガを前にして憔悴しうな垂れている。
「いくら諫めてもまるで聞く耳を持たず。耳ざわりのいい奸臣の言葉に溺れ、ついには大切な砂船を沈め、隊員たちを無駄死にさせてしまった。それで多少なりとも悔い改めるのならばまだ救いはあったのですが、あの方はちっとも変わらない。いいや、前より意固地となりひどくなっておられる。商会長から教育係を仰せつかりましたが、自分にはもう……」
今朝方、ロウセは自分と気持ちを同じくする四人の仲間とともに、ネソのもとへと嘆願に行くも、二日酔いの彼に「うるさい!」と罵られたのみならず、ミアルとその旗下の者らに剣を突きつけられて追い返されてしまったという。
チグモ商会の陣営に居場所がなくなった彼らは、悩んだ末にアマノ商会のところへと逃げ込んだという次第。
悔し涙すらも浮かべるロウセの肩にそっと手を添え、「大変でしたね。なぁに、困ったときはお互いさまです。事情はよくわかりましたから、うちに身を寄せてください。あとチグモ商会の商会長には、今回の件について、あなた方にはなんら非がないことをアマノ商会からきちんと説明させていただきますので」
オリガは商売柄ロウセとは以前より面識があり、苦境に立たされた彼らを快く受け入れた。
この時点で、チグモ商会側の人員は三十九に減り、アマノ商会側は五人増えて二十三となっている。俺を含むその他の十九名がすべてアマノ商会側につけば、数の上では逆転する。
このことは単純な計算が出来れば幼子にでもわかること。
だからネソも遅まきながらマズイと気がついた。
すぐさま代理人を立てて「ロウセたち五人の身柄を即刻引き渡せ。そいつらには横領の疑いがかかっている」なんぞと難癖をつけてきたものの、オリガはこれを突っぱねた。
足止めされること十日目の昼過ぎ。
ついにアマノ商会とチグモ商会の対立が明確化。
中州の空気はいっきに緊迫感を孕んだものへと変わる。
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