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058 足止め九日目・砂歯屍履
しおりを挟む夜更けに出航したチグモ商会所有の七艘の砂船のうちの一艘。
ついに我慢の限界に達したネソが強権を発動し、「よその中州にいるうちの者から物資を貰ってこい」と無茶な命令を下したのである。
しかしほどほどに狭い中洲内のこと。秘密裏に行動を起こすのは難しい。
砂船を動かしたことがたちまち周囲へと知れ渡ることになり、騒然となる。
「いかん! すぐに呼び戻すんだっ」
事態を知り血相を変えたオリガが詰め寄るも、ネソは「ふん」と鼻を鳴らし傲岸な態度。忠告をまるで意に介さず。
「どいつもこいつも何をびびっていやがる。ほら、見てみろ。ぜんぜん平気じゃないか。風なんかなくても、どうにでもなるんだよ。ははははは」
見る間に遠ざかっていく砂船を指差し、ネソは勝ち誇る。
たしかに出足は順調そうであった。
けれども船足はすぐに鈍くなる。牽引する騎獣の動きがあきらかにおかしい。
それもそのはずだ。
日中の灼熱地獄に比べれば、夜の砂河は表面上はとても穏やかにみえる。月光を受けて輝く白砂。見惚れるほどに幻想的な光景。
砂の温度もぐっと下がっている。だから騎獣の負担も軽くてすむとネソは安易に考えたのだろうが、それはちがう。
熱を失った砂は氷の粒と変わらない。
便宜上、砂と称してはいるが、ここ砂河に充ちているモノは陸地にあるそれらとは根本的にちがう物質。異様に熱しやすく冷めやすい性質を持った結晶体。
ここもまた先の大戦の産物。人の犯した罪の結実、負の遺産。
そんな場所がたやすく攻略できるわけがない。
凍える流砂により、あっという間に体内の熱を奪われた騎獣が、ついに砂に足をとられて沈み溺れた。
牽引する者がいなくなったのでピタリと歩みを止めた砂船。
するとすぐさま異変が起きる。
砂船に群がるようにして四方八方から迫る線が出現。船を中心にして螺旋模様がくっきりと浮かび上がる。
地中を何者かが素早く移動しているのだ。
この過酷な地に生息する危険生物が、身動きのとれなくなった獲物へと一斉に襲いかかる。
「あぁ、ダメだ。砂歯屍履に嗅ぎつけられた。もう助からん」とオリガの悲痛な嘆き。
砂歯屍履(すなばしり)。
この地に生息する変異種。全長は一シーカ半(一メートル五十センチぐらい)ほど。酒瓶を逆さまにしたような形状をしており、口から吸い込んだ砂を圧縮して尻から吐き出すことで推進力を得て、砂の下を素早く移動する。
つねに群れで行動し、旺盛な食欲と強靭なアゴを持つ。だが根は臆病なので動いている相手にはまず近づかない。だがひとたび砂河にて足をとられて歩みを止めようものならば、死に体と判断されて躊躇なく襲いかかってくる。群れに捕まったが最期、あとには髪の毛一本すらも残らない。
寄ってたかって無造作にかじられる砂船、みるみる穴だらけとなりやせ細っていく。
ついには体勢を維持できなくなり大きく傾いて転覆。
御者と同乗していた者二人は、はずみでそろって船外へと放り出されてしまう。
すぐさま砂船を襲ったのと同様の螺旋模様が出現し、彼らの姿はたちまち砂中へと没した。
絶叫が聞こえたのはほんの一瞬のみ。
最期を悟りみずから命を絶ったのか、砂歯屍履に喰い殺されたのかはわからないし、確かめようもない。
なんにせよ苦痛の時間が長く続かなかったのがせめてもの慰めであろう。
◇
軽挙妄動の果てに、貴重な砂船一艘、御者と騎獣一組、二人の人員を失わせた張本人は顔面蒼白となっている。
そんなネソのかたわらに立ち、なんやかやと慰めているのはチグモ商会の警護主任ミアル。
弱っているときほどつけ入りやすい。
しかしいくら絶好の機会とはいえ、この微妙な空気の中でよくやれるものだ。俺にはそんな厚かましい真似はとても出来そうにない。ほとほと感心する。
当然ながら周囲からネソへと向けられる視線は、これまでの比ではないくらいに厳しいものとなった。
その中にはチグモ商会の内部から向けられているのもちらほら。
どうやら新たな火種が発生したようにて、これが吉と出るか凶と出るか。
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