御者のお仕事。

月芝

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053 贖罪と節税

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 ダイアがひと足先にいなくなった支部長室。
 残されたトパスが支部長ナクラと同僚との先ほどのやりとりについて首を傾げている。

「いつものように? 七三? いったい何の話だ」
「おや、トパスは知らなかったっけか。ダイアのやつ、毎度毎度、報酬が入るといつも半分を王都に送金しているんだよ」
「王都に送金? あっちに住んでいる親族に仕送りでもしているのか」
「いや、ダイアに家族はいない。あいつは天蓋孤独の身の上だ。送金先は国が運営している軍の遺族基金だよ」
「遺族基金ってことは寄付ってことか。それは殊勝な心がけだが、どうしてダイアが?」
「さぁな。おおかた死んでいった連中への義理立てか供養、もしくは自分だけ生き残った贖罪のつもりなんだろうが。なんにしても損な性分だよ」
「なるほど。だがようやく得心がいった。稼いでいる独身男のわりには妙に枯れた生活をしているから、ずっとヘンだとは思っていたんだ。だがそういう理由があるのならばあの地味な暮らしぶりも納得だ」
「いい加減にあんたみたいに所帯を持って河岸を定めてくれたら、こっちとしても安心なんだけどねえ」
「そういえばダイアのやつ、女性のウワサをちっとも聞かないな。第一等級の御者で独身ともなれば、興味を示してそれなりに食指を動かす者がいても不思議じゃないんだが」
「あー、それがなぁ。じつはメロウがけっこうヤキモチ焼きらしくてな」
「ヤキモチ焼きって……、あの緑のスーラが?」
「そう、あの緑のスーラが、だ。その手のことにはやたらと敏感らしくってな。うっかり女の移り香でもさせて帰宅しようものならば、たちまち機嫌が悪くなるらしい」
「へえ、メロウがねえ。主人を独占したがる騎獣がいるという話は聞いたことがあったが、ちょっと意外だな。っていうかそもそもの話、スーラに性別なんてあるのか?」
「さぁてね。それを言い出したら、スーラが騎獣として成立していること自体が奇跡みたいなもんだし。もっともうちとしては仕事さえきちんとこなしてくれたら、他はべつにどうでもいいから」
「ずいぶんといい加減だなぁ」
「おや、そうでもないよ。締めるべきところはきちんと締める。それが我が城塞都市ソーヌ運送組合支部だからね。というわけで、亡都ツユクサの件であんたがぶっ壊した荷車の修理費用の一部は、しっかり報酬から差し引かせてもらうんであしからず」
「なっ!」

 業務により荷車が破損した場合、よほどの過失がないかぎりは御者に修繕費用が請求されることはない。
 だがしかし今回は発生した報酬の桁がいつもとちがう。
 ゆえに「車房の職人たちに面倒をかけるんだから、少しばかり負担しろ」との支部長の言葉にトパスはうなだれつつ「……ひょっとして個人所得に対する税金対策ですか」とたずねれば、ナクラがにへら。

 個人所得において一定額を越えると段階的に税率が跳ね上がる。
 今回は運送組合を通じ、国発行の有価証券でのやりとりということもあって、誤魔化しようがない。有価証券に記載されてある報酬額に浮かれていたら、あとでごっそり徴収されることになる。
 そこで荷車の修理費用の名目で報酬の一部を組合が徴収することで、金額の調整を行う。
 バカ正直に申告して税率五割となるか、知恵をしぼって三割で収めるかの差は大きい。
 というわけでナクラより渡された三枚目の書類にも署名捺印をすることになったトパス。
 ちなみにダイアは遺族基金に送金することにより、ガクンと手元に残る金が減るので税対策は不要である。

  ◇

 支部長室から先に退室した俺は買い物をすませてから帰宅する。
 すると留守番をしていたメロウがちょこちょこ近寄ってきたので、土産の酒瓶を渡してやると、緑のスーラはさっそく栓を抜いてグビグビやりだした。
 その姿を横目に買ってきた品を棚に納めつつ俺はぼそり。

「そういえばメロウのヤツ、他の女のニオイにはやたらと反応するくせに、ナクラだけは平気なんだよなぁ」

 盗賊の首領のような容姿にて数多の豪快な伝説に彩られた女傑。
 俺ははなから女扱いはしていないけど、この分ではメロウも同意見のようだ。
 もっともこんなこと、口が裂けても当人には言えやしないけど。


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