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045 自動人形
しおりを挟むモリブたち十名は血気にはやった仲間たちを説得して連れ戻すために、大扉のある穴へと向かっていたが、亡都ツユクサを半ばほどまで進んだところで、前方にただならぬ気配を感じて立ち止まる。
かすかな地響き。
伏せて地面に耳をつけてみれば、たくさんの何かが動いているかのような……。
斥候役が仲間の手を借り、すぐさま最寄りの建物の屋根へとのぼり、高所から前方の状況を確認。
すると自分たちの方へと向かってくる人型の異形の集団を発見した。
あれらがどこから湧いて出てきたのかなんて考えるまでもないだろう。
報告を受けモリブは即座に撤退すること決め、仲間たちに指示を出す。
「かまわないから、武器以外の装備類や荷物はぜんぶ捨てろ。少しでも身軽になるんだ。あとはわき目もふらずに全速力でひたすら拠点を目指せ」
命あっての物種。
経験上そのことが骨身に染みている慎重派の面々は、すぐさま隊長の判断に従う。
手早く準備をすませ、ほとんどみなが同時に駆け出した。
じょじょに大きくなる地響き。
いまやはっきりと聞こえてくるのは、ギィギィギィという耳障りな金属音。
まるで酔っ払いどもが集まっては、下手くそな弦楽器の演奏でもしているかのよう。
モリブたちは懸命に足を動かしているが、背後から近づいてくる圧は次第に増すばかり。
距離が離れるどころかじりじりと追いつかれつつある。
猛然と迫る人型の異形の集団。
気になる。怖い。でも見てみたい。ふり返りたい。
そんな誘惑にかられるも、グッとこらえる。いらぬことをすればそれだけ走るのが遅れる。
けれども誘惑はそれだけじゃない。
亡都の中を駆け続けているといやでも目に入るのが、ぽっかり口を開けている建物の入り口たち。
駆け通しにて胸が苦しい、息があがる、体が重い。生きた心地がしない。悪い夢の中にいるかのよう。
しんどく苦境にあるとき、その四角い穴はとても魅惑的なモノとして瞳に映る。
「いっそのことあの中に飛び込んだら、まんまとやり過ごせるのではないのか?」
そんな考えが脳裏をチラチラよぎるのだ。
淡い期待。甘い考えが、なんとなく上手くいきそうな気がしてくる。天啓のように感じられる。とてもいい考えのような気がしてくる。
だがすべては錯覚。
苦しいさなかに自分の脳がみせる幻想に過ぎない。
それでも追い詰められたとき、人は幻想にすがらずにはいられない。
自制するのには強靭な精神力が必要であり、悲しいことに人間の精神というものは、時と場合によって大きく変動する。
ちょっとしたことで揺らぐことなく強固になれば、びっくりするぐらいに脆くなることも。
そして脆くなってしまった者の末路は決まっている。
「ダメだ、そっちに行くな!」
モリブが叫ぶも三名が途中で道をそれて東へと進路をとる。
おおかた探索初日に発見された地下蔵の隠し金庫にでも逃げ込むつもりなのだろうが、距離的に無事に辿りつけるかどうか微妙。それに生身の人間風情に破られた金庫が、大戦時の遺物とおもわれる異形を防げるとは到底おもえない。
だというのに彼らは行ってしまった。
あとはもう彼らの持つ幸運の残量に期待するしかない。
◇
どうにか亡都を抜けたモリブを含めた七名。
ひと息ついている暇なんてない。そのまま走り続ける。
しばらく緩やかな斜面が続き、これにともなって自然と減速を余儀なくされる。
そのうち最後尾にいた者が足をとられて「あっ」つんのめって片膝をつく。
おもわず立ち止まってふり返り「大丈夫か」と声をかけたモリブは、そのときになってようやく自分たちを追いかけてくる存在の姿をはじめて視認した。
容姿は古着屋の軒先にある見本展示用の顔なしの人型にそっくり。
だがアレよりもひと回り大きい。二シーカ半(約二メートル五十センチぐらい)ほどもあろうか。
肌身は水アカで汚れた洗面所の鏡のような色をしており、胴体は男とも女ともつかない中性的な輪郭。やたらと手足がひょろ長い。華奢に見えるが、進軍速度からしてきっと見た目通りではないのだろう。
そんなシロモノが亡都の至るところから、わらわらと姿をみせては、こちらを目指して向かってくる。
襲われる理由はわからない。だが敵視されているのはまちがいない。
迫る絶望。
一瞬、折れそうになった己の心を奮い立たせてモリブがみなを鼓舞する。
「さぁ、みんなもうひと息だ。この丘を越えればあとは平地だから。拠点まですぐだぞ」
正直なところ、ギリギリ逃げ切れるかどうか。拠点に逃げ込めたとて助かる保障なんてどこにもない。
だがまだ可能性は残されている。ならばいまはそれを信じてひたすら足を動かすだけのこと。
けれども無慈悲な現実が、探索屋たちの意気地を踏みにじる。
不意に影が差した。
後方より頭上を飛び越えた何か。
その正体は群れより先行し突出した人型の異形のうちの一体。
絶望の先兵がモリブたちの前に立ちふさがる。
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