御者のお仕事。

月芝

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040 探索屋

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 陽がのぼる前に起き出した探索屋の面々。
 あくびをしながら眠い目をこすっているのは八名の新人たち。どうやら冒険を前にして興奮するあまりよく眠れなかったようだ。
 それとは対照的に異様に物静かであったのがベテラン勢。さすがに落ち着いており、淡々と必要な準備を整えてゆく。
 平均生還率が六割ちょいという過酷な業界を、今日まで生き残ってきたのは伊達ではない。だがそんな彼らをしても確実に帰還できるという保障はどこにもない。亡都に潜るということは、それほどに危険をともなうのだ。
 ついさっきまで笑いあっていた仲間が、次の瞬間には冷たい骸に成り果てる。
 いっしょに朝陽を拝んだ同僚が、夕陽のときには居なくなっている。
 そんなことが日常茶飯事。
 戦場と似たような環境ゆえに、いざ亡都に突入するという段になって、ベテラン勢が余計な口を利かなくなった気持ちが俺にもよくわかる。

 東の空がじょじょに明るくなってゆく頃。
 隊を率いるモリブが「行くぞ」と号令を発し、ついに探索屋トウカクが活動を開始。
 拠点から出立する彼らを見送る残留組に俺とトパス。
 俺は残留組には聞こえぬように声を潜めて隣にいるトパスに話しかける。

「なぁ、あの八名の新人たちをどうみる? モリブは半分残れば御の字とか言ってたけど……」
「そうだな。運もあるだろうが、あの様子だと厳しいかもしれない」
「俺もそう思う。よく鍛錬を積んでいるみたいだが、なまじ腕に自信があるのがよくないな。あの業界はビビッてちびるぐらいがちょうどいいんだが」

 これまで探索屋の送迎を何度もこなしてきたので、相応に見る目が養われている。「せいぜい三分の一、最悪、全滅するかも」との見解にて一致した御者たち。
 冷酷かつ厳しい評価だが、みずから死地にも等しいところに踏み込む探索屋稼業はそういう仕事。
 必要とされているのは勇ましい冒険野郎ではない。
 臆病で鼻の利くネズミこそが求められる人材。
 だがそのことをきちんと理解している者は存外少なく、かんちがいのままに探索屋業界の門戸を叩く者があまりにも多いのが現状。

「……だから探索屋が絡む仕事はイヤなんだよ」

 俺がぼやけばトパスも眉間にシワを寄せながら、「うちの娘の結婚相手……、御者と探索屋だけは絶対に許さないつもりだ」とぼそり。
 トパスの娘は御年四歳の可愛い盛り。
 こいつの娘自慢の親バカぶりはいまに始まったことではないが、いくらなんでも気が早すぎるであろう。
 というかこれは勘なのだが、なんとく娘さんは自分のお相手に御者を選びそうな気がする。だがそんなことをうかつに口走ろうものならば、たちまち槍の穂先が飛んできそうなので俺は黙っておくことにした。

  ◇

「第一班は中央を、第二班は東側を、第三班は西側を進め。第四班は周囲を警戒しつつ万が一に備えるように。各々くれぐれも慎重に行動すること。決して気を抜くな。あと、わずかにでも違和感を覚えたらすぐに仕事を中断して引き返せ。かんちがいでも臆病風に吹かれたのでもかまわない。いいか、忘れるな。ここは亡都、人間の領域じゃないんだ。ほんの些細なことが命取り、死に直結する場所だということを肝に銘じておけ」

 隊長モリブの言葉に一同がうなづき散開。
 五名一組が班となり探索を開始する。

 第一班を率いるモリブが無言のまま手信号を送り、班員たちが指示に従って動く。
 ひとりが斥候に立ち先の状態を確かめる。問題がなければ後続が小走りにて続く。足音はほとんどしない。不用意に音を立てないように工夫が施された靴を全員が着用している。武具防具類も同様。移動するたびにカチャカチャ音がならないよう、かつ身軽に動けるように極力鉄製の品は使わないようにしている。
 二人が進路を確保するのと同時に残り三人が常時周囲を警戒。素早く視線を動かし続けては、上下左右、全方位に神経を張り巡らす。
 そうして最寄りの廃屋へとりついたところで、入り口から中の様子をうかがう。目を凝らし耳を澄ましつつ、ためしに小石を投げてみては反応を確認。
 何もなければようやく屋内へと足を踏み入れる。
 その際に各々得物を抜いておく。屋内にていきなり襲われた場合、のんびり鞘から剣を抜いている余裕なんてない。向こうは一撃にて仕留めようと急所を狙ってくるのだから。

 民家跡とおもわれる場所。
 正面入り口から入ってすぐが居間らしき間取りとなっており、奥には台所の姿もみえる。
 隊長のモリブが入り口脇の壁を背に陣取り全体を俯瞰しつつ、二人一組となった隊員たちが同室内の物陰を調べる。
 これはお宝を探しているわけではない。
 暗がりや陰に潜んでいる敵影がいないかを調べる哨戒行動。
 毒を持ったヘビやタマゴを産みつけてくる昆虫類、小型でも狂暴な変異種、あるいは慮骸の幼生体などなど……。
 ここは外地、警戒すべき相手は多岐に渡り、危険な相手はどこに居ても不思議ではない。
 そうして室内の安全がひとしきり確認されたところで、ようやく本格的な探索を開始する。
 一室一室、毎度これを繰り返してはしらみつぶしに調べてゆく。

 班に組み込まれた新人は、ベテランの探索の手際を盗み見て学ぶ。
 いちおう事前の訓練や講習にて知識としては教わっているものの、絶えず命が危険にさらされている極限の状況下では、慣れぬうちは頭の奥がシビれたようになって思うように身体が働かせなくなるもの。この状態になると人は陸にいながらにして溺れているかのような錯覚を覚える。
 そんな自分に戸惑い、焦るほどに余計に混乱をきたす。
 ともすれば緊張のあまり過呼吸になりがちな新人を「落ちつけ、自分の胸に手を当てて、心臓の音を確認しながら、ゆっくりと呼吸をしろ」となだめつつ、作業を進めていく。


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