御者のお仕事。

月芝

文字の大きさ
上 下
37 / 121

037 緑迷海

しおりを挟む
 
 一面に広がる緑の絨毯。
 風が吹くたびに波打つさまは、まるで海の水面のよう。
 ゆえに緑迷海(りょくめいかい)と呼ばれている広大な草原地帯。
 遠くから眺めているだけならばきれいな景色なのだが、一歩足を踏み入れたらここが危険な外地であることを痛感させられる。
 家の屋根ほどもある長草が生い茂り視界をふさぐばかりか、草が絶えずゆらゆらしているので敵の接近を察知しにくい。
 そして名前に「迷」の文字があるのは伊達ではなく、内部は入り組んだ自然の迷路のようになっており、下手に横道にそれようものならばたちまち自分の現在位置を見失って、広大な草原内を彷徨うことになる。
 ならばいっそのことすべての草を刈り取るなり焼き払うなりすれば……とは誰もが考えた。
 だができなかったのだ。
 いくら伐採してもあっという間に新しいのが生えてくる。油をまいて火を放ったところでたいして燃えやしない。
 旺盛な繁殖力と耐火性を持った強靭な長草。
 ここもまた大戦時の影響を受け狂った環境と乱れた生態系の産物。

 そんな場所にて亡都ツユクサが発見されたのはたまさかであった。
 この地を抜けようとしていた一行が大規模な野犬の群れに襲われ逃げ惑ううちに、繁みの奥にあるのを見つけたのである。
 報告を受けて探索屋界隈はにわかに活気づいた。
 なにせ手付かずの亡都はお宝の山のようなもの。そこへ最初に挑戦できるというだけでも血沸き肉躍る冒険。だがそれと同時に、未知の場所へと足を踏み入れることは生還率を著しく下げる危険な行為でもある。
 ゆえに手をあげた探索屋の中から、ある程度の規模と実績があるトウカクが選ばれたという次第。
 それはべつにかまわないのだが、いささか気になることが……。

「なぁ、いくら入れ替わりが激しい業界とはいえ、ちょいと新人の数が多すぎないか?」

 御者台にて手綱を握る俺が隣にてのんきにタバコをふかしている男に声をかけると、相手は「ははは、だよねえ」と笑う。
 こいつはトウカクに所属しているベテランで名をモリブという。
 いかにも人生に疲れた中間管理職のような哀愁をまとっているが、厳しい探索屋業界においてここまで生き残っていることからして、実力は相当ある人物。
 モリブがフゥと白い煙を吐きながら言った。

「まぁな、隊を預かっている立場で言うのもアレだが、三分の一が新人とかさすがにキツイよ。でも上としては、いい機会だからここらで新人どもをある程度ふるいにかけるつもりのようだ。半分も残れば御の字かな」

 二十五人編成中、八名が今回が初出動。
 もちろん相応の訓練は積んでおり、所属している集団の上層部から認められたからこその参加ではあるのだが、実戦と訓練はまるで別物。
 探索屋の平均生還率は六割だが、死亡する四割のうちのじつに半分近くを占めるのが新人であることが、この業界の厳しさを物語っている。
 しかしそれでも門戸を叩く若人はあとを絶たないというのだから、慢性的な人手不足に悩まされている運送業界からすれば羨ましいかぎりである。

「いくらしようがないとはいえ、だから探索屋は苦手なんだよ。御者と騎獣がせっせと送っていったはしからポコポコくたばりやがるから。毎度毎度、死体袋を運ぶ方の身にもなってくれ。気が滅入ってしようがない」

 俺が冗談まじりにぼやいてみせればモリブは肩をすくめ「せいぜいムダな荷物を増やさないように善処させていただきます」とおどけた。

 なかなか非情にてクソったれな会話。
 だが、これが外地という場所なのである。
 ここでは人間の命はとにかく軽い。そして……。

 ピロロロロロロロ。

 警笛を吹いたのは大型の騎獣コクテイの背にいる御者のトパス。
 どうやら敵がこちらに接近している模様。
 小山ほどもあるコクテイは歩く物見台。周囲の草に惑わされることなく高いところから索敵しながら前進できるという利点がある。
 けれども重量級の巨体ゆえに小回りが効かない。
 その欠点を補うために今回、俺と相棒のメロウが随行している。
 トパスが手鏡の反射で送ってきた合図によれば敵影は一、三時の方向より接近中とのこと。

「要警戒! 来るぞ」

 俺が警告を発するのと同時にモリブが檄を飛ばす。

「おら、お客さんだ。おまえら気合いを入れ直せ。忘れるなよ、ここはもう内地じゃないんだからな」

 高まる緊張感の中、素早く臨戦態勢を整えてゆく。
 さすがに中堅どころの探索屋だけあって肝が据わった面子が揃っている。不意の接近遭遇にもオタオタしない。ただし新人の八名をのぞいては、だが。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

悪役令嬢日記

瀬織董李
ファンタジー
何番煎じかわからない悪役令嬢モノ。 夜会で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢がとった行動は……。 なろうからの転載。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...