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037 緑迷海
しおりを挟む一面に広がる緑の絨毯。
風が吹くたびに波打つさまは、まるで海の水面のよう。
ゆえに緑迷海(りょくめいかい)と呼ばれている広大な草原地帯。
遠くから眺めているだけならばきれいな景色なのだが、一歩足を踏み入れたらここが危険な外地であることを痛感させられる。
家の屋根ほどもある長草が生い茂り視界をふさぐばかりか、草が絶えずゆらゆらしているので敵の接近を察知しにくい。
そして名前に「迷」の文字があるのは伊達ではなく、内部は入り組んだ自然の迷路のようになっており、下手に横道にそれようものならばたちまち自分の現在位置を見失って、広大な草原内を彷徨うことになる。
ならばいっそのことすべての草を刈り取るなり焼き払うなりすれば……とは誰もが考えた。
だができなかったのだ。
いくら伐採してもあっという間に新しいのが生えてくる。油をまいて火を放ったところでたいして燃えやしない。
旺盛な繁殖力と耐火性を持った強靭な長草。
ここもまた大戦時の影響を受け狂った環境と乱れた生態系の産物。
そんな場所にて亡都ツユクサが発見されたのはたまさかであった。
この地を抜けようとしていた一行が大規模な野犬の群れに襲われ逃げ惑ううちに、繁みの奥にあるのを見つけたのである。
報告を受けて探索屋界隈はにわかに活気づいた。
なにせ手付かずの亡都はお宝の山のようなもの。そこへ最初に挑戦できるというだけでも血沸き肉躍る冒険。だがそれと同時に、未知の場所へと足を踏み入れることは生還率を著しく下げる危険な行為でもある。
ゆえに手をあげた探索屋の中から、ある程度の規模と実績があるトウカクが選ばれたという次第。
それはべつにかまわないのだが、いささか気になることが……。
「なぁ、いくら入れ替わりが激しい業界とはいえ、ちょいと新人の数が多すぎないか?」
御者台にて手綱を握る俺が隣にてのんきにタバコをふかしている男に声をかけると、相手は「ははは、だよねえ」と笑う。
こいつはトウカクに所属しているベテランで名をモリブという。
いかにも人生に疲れた中間管理職のような哀愁をまとっているが、厳しい探索屋業界においてここまで生き残っていることからして、実力は相当ある人物。
モリブがフゥと白い煙を吐きながら言った。
「まぁな、隊を預かっている立場で言うのもアレだが、三分の一が新人とかさすがにキツイよ。でも上としては、いい機会だからここらで新人どもをある程度ふるいにかけるつもりのようだ。半分も残れば御の字かな」
二十五人編成中、八名が今回が初出動。
もちろん相応の訓練は積んでおり、所属している集団の上層部から認められたからこその参加ではあるのだが、実戦と訓練はまるで別物。
探索屋の平均生還率は六割だが、死亡する四割のうちのじつに半分近くを占めるのが新人であることが、この業界の厳しさを物語っている。
しかしそれでも門戸を叩く若人はあとを絶たないというのだから、慢性的な人手不足に悩まされている運送業界からすれば羨ましいかぎりである。
「いくらしようがないとはいえ、だから探索屋は苦手なんだよ。御者と騎獣がせっせと送っていったはしからポコポコくたばりやがるから。毎度毎度、死体袋を運ぶ方の身にもなってくれ。気が滅入ってしようがない」
俺が冗談まじりにぼやいてみせればモリブは肩をすくめ「せいぜいムダな荷物を増やさないように善処させていただきます」とおどけた。
なかなか非情にてクソったれな会話。
だが、これが外地という場所なのである。
ここでは人間の命はとにかく軽い。そして……。
ピロロロロロロロ。
警笛を吹いたのは大型の騎獣コクテイの背にいる御者のトパス。
どうやら敵がこちらに接近している模様。
小山ほどもあるコクテイは歩く物見台。周囲の草に惑わされることなく高いところから索敵しながら前進できるという利点がある。
けれども重量級の巨体ゆえに小回りが効かない。
その欠点を補うために今回、俺と相棒のメロウが随行している。
トパスが手鏡の反射で送ってきた合図によれば敵影は一、三時の方向より接近中とのこと。
「要警戒! 来るぞ」
俺が警告を発するのと同時にモリブが檄を飛ばす。
「おら、お客さんだ。おまえら気合いを入れ直せ。忘れるなよ、ここはもう内地じゃないんだからな」
高まる緊張感の中、素早く臨戦態勢を整えてゆく。
さすがに中堅どころの探索屋だけあって肝が据わった面子が揃っている。不意の接近遭遇にもオタオタしない。ただし新人の八名をのぞいては、だが。
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