御者のお仕事。

036 特約条項

　
　支部長のナクラからまわされた次の御者の仕事は、探索屋の手伝い。
　探索屋とは魔窟と化した亡都に潜ってはお宝を漁る集団のこと。
　亡都はかつての人類の生活圏であったところ。
　戦争に巻き込まれたり、妖精の鱗粉の汚染がひどかったり、周辺の環境が激変して住めなくなったり……。

　さまざまな理由にて人類が放棄することを余儀なくされた場所。
　放棄された当時の状況にもよるが、宝石や金銀財宝、再利用可能な資源、書物などの知的遺産がわりとゴロゴロ眠っていることから、別名・都市鉱山とも呼ばれている。

　発掘した品を持ちかえれば金になる。
　運次第では一攫千金も夢ではない。
　ゆえに若者人気が非常に高い職業だが、当然ながら実入りの良さに相応する危険をともなう。
　人が住めなくなったということは、代わりの住人が居ついている可能性が高い。
　それが変異した獣であったり、慮骸であったり。
　連中は妖精の鱗粉の汚染濃度が高いところを好む傾向がある。だからこそ内地と外地にて人類との住みわけがかろうじて成立しているわけなのだが、探索屋はその境界をみずから侵す。
　潜る場所にもよるが平均生還率は六割ちょい。
　最高難易度を誇る亡国の首都級ともなれば二割を切り、五体満足での生還者は皆無という。

　　◇

　ずしん……、ずしん……、ずしん……。

　かすかに揺れるたびに地面に刻まれるのは大きな蹄の跡。雨が降ったらあっという間に小池が出現することであろう。
　三両編成の鉄製大型荷車を引くのは、一本角のある灰色の小山。
　全長十シーカ（約十メートルほど）もある竜種の甲鎧蹄亜目（こうがいていあもく）。
　ぶ厚い鎧のような皮膚で全身が覆われており、重量級にて力がとても強い。
　そんな騎獣の手綱を握るのは、俺と同じく城塞都市ソーヌ運送組合支部に所属している第一等級の御者。歳は四十半ばの灰髪の紳士にて名前をトパスという。そしてこの大きな相棒はコクテイ。
　なりこそはおっかないが、気が優しくておとなしい草食の騎獣。
　速度こそはいまいち。だがひとたびことが起これば、巨体を活かした突進に我が身を防壁にしたりと、攻守にわたって大活躍するがゆえに「動く砦」との異名を持つ。

　巨体の周囲を警戒しつつ普通の木製の荷車を引いて並走しているのは緑のスーラ。
　今回俺はトパスと組んでの仕事となっている。
　依頼人は「トウカク」なる探索屋。
　中堅どころにて所属している人数は五十を越える。今回はうち二十五名にて隊を組み、新発見された亡都ツユクサへと探索に赴くので、これに同行。
　行き帰りの人員や物資の搬送および、発掘したお宝を持ち帰るまでが依頼された内容。それはべつに構わないのだが……。

　俺は御者台からうしろをチラ見して「はぁ」と嘆息。
　出発してからずっと若い男数名がやたらと敵意むき出しで悪態をつきながらこっちをにらんでいる。おかげで尻の座りが悪いったらありゃしない。

　今回が初仕事となる活きのいい新人さんたち。
　そんなペーペーがどうしてベテラン御者に噛みついているのかというと、原因は契約の際に結ばれた特約条項にある。
　ひらたくいえば保険である。
　ただし損害をこうむった物品や金銭に対してのモノではない。
　対象は依頼人の生命。
　先にも述べたが亡都は危険がいっぱい。もちろんそんな場所に潜るのだから探索屋とてそれなりの準備は整えている。とはいえ遭遇する脅威の度合いによっては、最悪、全滅もありうる。
　そこでもしも自分たちの手に負えない事態が起った時には、随行している御者と騎獣の助力を請えるというのが特約条項。
　第一等級御者とその相棒ともなれば実力は折り紙つき。
　追加で料金を支払うことで、いざというときに助けてもらえる。金で生還率が買えるのだから安いもの。
　いいや、訂正しよう。けっして安くはない。
　なにせ実働のあるなしにかかわらず、探索の成果の二割を運送組合に納めることになるのだから。
　若い連中からするとぼったくりにしか思えず、たいそう不満なわけで。
　だからとて俺に当たるのは筋ちがいというもの。特約を結ぶことを決めたのは隊の指揮をとるモリブなのだから。