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035 夜来
しおりを挟むロギの誘拐事件があってから数日後のこと。
食あたりで寝込んでいた面々もじょじょに復帰し、外壁工事の方も目途が立ったところで人員に余裕が出てきたので、俺の配達業務代行は終了となった。
なので、そろそろ第一等級の御者に相応しい仕事をと支部に顔を出したところで、支部長のナクラから声をかけられる。
お馴染みの三階にある支部長室へと連行され、聞かされたのは今回の事件の顛末についてのいくつか。
「結論からいうと、ダイアが捕まえた家令が誰の指示によって動いていたのかはわからずじまいだ」
「はぁ? 守備隊が責任を持って追求するって話だったじゃねえか。いったいどうなっていやがる」
「ゲドもそのつもりだったさ。実際にかなり強烈な尋問もしていたみたいだしな。だが一瞬の隙をついて毒を、な」
「おいおい、捕虜の身体検査ぐらいちゃんとしておけよ」
「もちろん入念にしたって話だ。それこそ裸にひん剥いてな。だがわからなかった。よほど巧妙に隠し持っていたのか、あるいは誰かがこっそり差し入れをしたのか」
ナクラの言葉に俺ははっとする。
それすなわち守備隊もしくはその近くにも身中の虫が潜んでいるということ。
あるいは厳重な警備をかいくぐって潜入できるだけの実力者を、家令を使役していた黒幕が抱えていることを意味していたからである。
厄介なことに、都市を蝕む悪党どもの根は想像以上に方々にのびているらしい。
「おおかた高官殿の失脚を狙ってのことだろうが、今回の失敗でしばらくはおとなしくなるだろうさ」
「そう願いたいね」
「でだ、高官の妻の方なんだが……」
「まさか彼女まで死んだなんてことは!」
「いやいや、むしろ元気にがんばっているよ。これに関してはロギのお手柄だな」
「?」
◇
騒動のあった夜。
屋敷にてひと晩お世話になったロギは、高官の妻と膝つき合わせて朝まで語り明かしたそう。
その際にロギは彼女にこう言ったんだとか。
「ボクはネコみたいな性分なんです。だから余計なしがらみや束縛をどうしても苦に感じてしまう。でも奥さまのお気持ちはちょっとうれしかったですよ。いまさら母親に甘えたいという歳でもないけれど、やっぱり憧れみたいなものはありますから」
このような前置きをしてからロギが訴えたのは、自分と同じ戦災孤児たちの窮状。
いちおう都市部の孤児院にて保護されている形にはなっているが、お世辞にも充分な環境下にあるとはいえない。たしかに寝床を用意されてあるし、食事にもありつける。
必要最低限度、人間らしい生活は出来ている。
でもそれはどこまでいっても必要最低限止まり。
職員たちもがんばってくれてはいる。だが決定的に温もりが足りない。愛が足りない。予算も厳しい。
「失礼ですが奥さまの愛情はひとりで受け止めるのには、いささか重たすぎるんです。死んだ我が子の身代わり人形の役目はあまりにもシンドイし辛すぎる。でも、ボクはこうも考えます。たとえ疑似的な愛だとて、それもまた愛であり温もりであると。偽善も続ければ立派な善行というわけじゃないけれども、奥さまのそのお力を、その想いを養子とした誰かひとりにだけ注ぐのではなくて、孤児院の子どもたちに分け与えることは無理でしょうか」
高官の家で正式に養子を迎えようとすれば、遠からず新たな騒動が起こるだろう。
かといって高官の妻がこれまで同様に屋敷に引き篭っていては、行き場のない愛情を持て余してまたぞろ精神に変調をきたしかねない。
いまの環境は明らかに、当人にとってよろしくない。
そこで思い切って外にでませんか。
というロギの提案であった。
これを受けて高官の妻は一念発起し、孤児院へと足繁く通うようになった。
◇
高官の妻の話に俺は「へー」と感心する。
「ロギのやつ、うまいことやったな」
「だろう。今度会ったら褒めてやれ」
にやりと笑う支部長ナクラ。だがすぐに真剣な表情になって話題を変える。彼女が口にしたのは以前に俺が関わった一件についてのこと。
若き行商人のダヌにくっついて内地を巡ったときに、彼の命を狙っていた裏稼業の人間がいた。その正体についてわかったことがいくつかあるという。
とっくに見切りをつけて捜査を終了していたのかとおもっていたのだが、そうではなかったらしい。
「依頼を受けていたのは女。しかもただの裏稼業の人間じゃない。どうやら『夜来』の関係者のようだ」
夜来(やらい)とは過激派寄りの犯罪組織。
大戦後しばらくしてから唐突に出現した集団で、規模も構成員もわかってはいないが、その活動範囲は広く国家間をまたぐほど。
各国の諜報機関が躍起になって内偵を進めているも、いまもって詳細は不明なんだとか。
「王都の商家に取り入って何をするつもりだったのかな?」
「さぁな、しかしうちですらがひと皮むいたらこのざまだ。中央ともなればその比ではないだろう。だが念のために用心はしておけよ、ダイア」
「俺が、なんで?」
「なんでって、そりゃあ結果的には連中の目論みをおまえが潰したことになるんだから。難癖、逆恨みは悪党の専売特許みたいなもんさ。せいぜい気をつけるこった」
「っ!」
降りかかった火の粉を払っただけだというのに、あまりの理不尽さに俺は絶句。
ナクラはそんな俺の姿を見てケラケラ笑いつつ、「さてと、次のおまえさんの仕事なんだが、ちょうどいいのが入っているぞ」と言った。
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