御者のお仕事。

月芝

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028 夜駆ける

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 俺が配達業務に携わることになってから五日目。
 朝から街中をおっちら巡り荷台を空にして支部に戻る頃には、はや空も茜色。
 妖精の鱗粉に汚染されても夕焼け空はかわらず鮮やかで郷愁を誘う。
 うん、今日もいい配達日和であった。
 荷車を車房へと入れて担当に引き渡し、相棒のメロウを連れ受付に業務報告へと向かったのだが……。

「すみません、第一等級であるダイアさんに配達業務なんて手伝わせてしまって」

 しきりにぺこぺこ頭を下げてくる受付嬢のジルに俺は苦笑い。
 まぁ、彼女がやたらと恐縮し気を遣ってくる理由もわからなくはない。
 第一等級の御者といえば数が限られているし、支部では希少な戦力。
 これを何人抱えているかで、支部の格と実力が左右される存在といっても過言ではない。
 ぶっちゃけヘソを曲げられて他所に移籍されたら、支部としては面目丸つぶれの大損。
 真偽のほどは定かではないが、ところによっては露骨なお目こぼしや賄賂に枕営業なんぞでご機嫌をとってまで引き留めているところもあるとかないとか。

 もちろん我が城塞都市ソーヌ支部ではそんな不埒なことは許されない。
 俺は支部長のナクラに拾いあげられたようなものだし、他の第一等級の面々も大なり小なり彼女に恩義を受けたり、気安い間柄であったりといった繋がりにて、ここに拠点をかまえている者ばかり。
 なによりここは居心地がいい。
 これが中央寄りになればなるほどに、縛りが多くなり、なおかつあちこちから横槍が入ってやかましいことこのうえなし。
 だから心配しなくても俺の機嫌をおもんばかる必要はない。

「気にするな。たまにはこういう仕事も悪くないさ。ここのところ切ったはったの血生臭いのが続いていたから、いい気分転換になっているよ。それよりも人手の方はどうなんだ? 目途がつきそうなのか?」
「あっ、はい。食あたりで倒れた人たちは順当に回復しているそうですから。あと外壁工事の方がそろそろひと区切りつくそうで、あと二三日もすれば配達の方に人を回せるようになるかと」
「そうか、ならよかった。……にしてもヤツはまだ戻ってないのか」
「えーとロギくんですか、アレ? そういえば今日はまだ帰ってきていませんね。もうすぐ日が暮れるのにおかしいなぁ」

 ロギは必要以上にあくせく働くのを良しとはしていない。
 だからこそ安全かつ安定して稼げる都市部での配達業務を専門に請け負っているし、第三等級のままでいいとすら考えている。下手に等級をあげると、いざというときに支部からお呼びがかかって、強制的に働かされるので。
 だから残業とかは一切やらない。
 たとえ配達業務が滞ってカツカツの状態であろうとも、そこだけは断じて曲げない。

「残業? そんなのは段取りをおろそかにして、行き当たりばったりで適当に仕事するからするハメになるんですよ。あんなのはバカがするものです。無能ですよ、無能。なのに周囲からは『がんばってる』とか評価されてチヤホヤされちゃうんですから、呆れちゃいますよね」

 これが常日頃からのロギが公言している考え。いささか暴論のような気がしなくもないが、それはさておき。
 そんなヤツが定時になっても支部に戻ってこない。

「はて? 珍しいこともあるもんだな。こりゃあ明日は嵐かな」

 俺が首をかしげるとジルもコテンと小首をかしげた。

  ◇

 なにやら気になったもので俺は支部にてロギの帰りを待つことにする。
 しかしとっぷり日が暮れてもヤツは帰ってこなかった。
 街中で事件に巻き込まれるなり事故を起こすなりすれば、すぐに支部に連絡が入るはずなのにそれもない。
 とはいえロギも子どもではない。曲がりなりにも御者を名乗っている。相応の訓練は積んでおり対処法も心得ているはず。何よりアイツはかなりしたたかで図太い性格をしているから、そんじょそこらの第三等級とはモノがちがう。
 ロギ個人の戦闘力はたかが知れているが、それでも常人よりかはずっと強い。相棒のアサヒにいたっては愛らしい見た目に反してかなり戦える。俊敏な動きと、暗がりでもへっちゃらな目、鋭い爪と牙……分類上は大猫だが、かぎりなく虎に近い生き物。

「しかし遅いな。お喋りなご婦人にでも捕まったかな」

 待ちぼうけにて俺がつぶやけば「まさか」とジルが手を振り否定する。

「ロギくんってば客あしらいがとても上手なんですよ。しつこい相手には、こう、するするっと巧みにかわすんですよねえ」

 受付嬢と話をしながら俺は後輩の帰還を待つ。
 だが刻一刻と過ぎるほどに、次第に俺たちの口も重くなってゆく。
 じきに受付業務が終了する時間になってもついにロギは帰らなかった。

「さすがにちょっとヘンだな。やはり何かあったのかも。俺はこれから街をざっとひと回りしてくるから、ジルは念のためにこのことを支部長に報せておいてくれ」
「わかりました」

 表に出たところで俺は相棒に飛び乗る。

「頼んだぞ、メロウ」
「ぴゅいぴゅい」
「あぁ、わかっている、この分の報酬はちゃんと別に一本つけるから」

 酒好きの緑のスーラはとたんにやる気となり、地面と接地している体表を波打たせる。とたんにぷにょんとしたお椀型の軟体が前進を開始。
 身体の一部を伸縮させることで移動するのだが、これがけっこう速度が出る。スーラ自身がぷにぷにしているから衝撃も吸収してくれ乗り心地もすこぶる快適。
 ただ惜しむらくは騎乗している姿がめちゃくちゃ格好悪いこと。さすがの俺も昼間の人前では披露するのを躊躇するほどにダサい。
 しかしいまは夜にてひと目は気にしなくていい。
 相棒に騎乗し俺は夜の巷を駆け抜ける。


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