御者のお仕事。

月芝

文字の大きさ
上 下
27 / 121

027 移動中継車

しおりを挟む
 
 都市部内での配達業務。
 外敵はいないと油断していたらところ、おもわぬ伏兵がいたるところに潜んでいた。
 ときに親しげに、ときに探るように、こちらに話しかけてきては言いたいことだけを言って去ってゆくご夫人たち。
 拡張能力を持ち、数々の対人戦を経てきたこの俺がかわしきれずに苦戦する口撃。
 ひとりでも厄介だというのに、うっかり足止めを喰らうと続々と集結する敵の増援。ぺちゃらくちゃら、たちまち孤立無援となり怒涛の舌戦へと発展したが最後、あとは愛想笑いにてどうにか嵐の時が過ぎ去るのを待つしかない。
 ぶっちゃけ軍人だった頃に氷点下の雪原にて吹雪の中を行軍させられたときよりもキツイ。

  ◇

 初日には作業に不慣れということもあり、荷台の半分程度しか荷をさばけなかった。
 しかし二日目、三日目と続けていくうちに要領がわかってくると、どうにか日が暮れる前には荷台を空にできる程度になる。
 とてもではないがロギとアサヒたちみたいには動けない。
 なので、うちはうちのやり方を導入した。
 いささか禁じ手臭いが、もともと俺は配達業務で生計は立てていないので、これで採算をとろうだなんて考えていないからこそ可能な捨て身技。

 緑のスーラが引く荷車が停車するなり、わっと駆け寄ってきたのは近所の子どもや手が空いている者たち。
 群がる連中に俺は「おまえさんにはコレ」「そっちお姉さんはこいつを」「これはちょっと重いから、そこの腕っぷしが強そうな兄ちゃん頼む」と次々に割り振る。
 すると荷物や手紙を受け取った面々が方々に散り、しばらく待っていると受け取り証を持ってあらわれるので、ソイツと報酬を引き換える。
 俺が楽を出来て、みなはちょっとした小遣い稼ぎが出来るという寸法。

 えっ、そんなことして荷物は大丈夫?
 紛失したりネコババされたりしないの?

 と心配されるかもしれないが、まぁ、大丈夫だろう。
 いちおう俺も相手を見てまかせている。それにここ城塞都市ソーヌの治安はすこぶる良い。さすがに中央の王都ぐらいの規模になれば、きな臭い連中がたむろする区域や貧民窟などもあるが、地方都市にはそんなシロモノを抱えておく余裕なんぞはない。
 なにより住民たちの間には相互補助や助け合いの精神が根付いている。
 べつに義理人情に厚い下町というわけではなく、そうしなければあの地獄の大戦を生き残れなかったし、戦後の混沌期を乗り切ることも不可能であったからだ。
 さすがに悪党がひとりもいないとまでは言わない。
 だが他所よりもずっと少ないのだけはたしか。

 もしも罪が露見したら守備隊にとっ捕まり、よくて強制労働、最悪、壁の外へと短刀一本で放り出される。そうなれば十中八九、野垂れ死ぬよりも先に野生の法則の餌食となるだろう。現状、外の世界はそれほどまでに過酷であり、だからこそ俺のような御者が必要とされている。
 ちなみに持たされる短刀は戦い用じゃない。自決用だ。せめて人生最後の選択ぐらいは好きにさせてやるという、御上の慈悲である。

  ◇

 本日の仕事を半ばほどまで進めたところで、荷車にサッと影がさす。
 大猫にまたがったロギだ。最寄りの垣根から飛び降りて颯爽と登場。
 はじめは俺のやり方に難色を示していたロギであったが、こちらが移動中継基地の役割も果たすと提案するなりたちまち手のひらを返して協力的になり、先々にて人集めの声かけなんぞをしてくれるようになる。

 ロギとアサヒたちの最大の武器は、都市部を自在に動ける圧倒的な機動力。
 弱点は一度に運べる荷物の量があまり多くないこと。
 多くの仕事量をこなそうとすれば、どうしてもかさ張らない小荷物や手紙などに比重を置くことになる。だがそれでも一度に運べる量はしれている。だから配り終わるたびにいちいち支部にまで荷を取りに戻らねばならない。往復するだけでもけっこうな手間と時間が消費される。
 その分を俺と相棒のメロウが肩代わり。
 街中ゆえにたいして速度は出せぬが、こう見えて緑のスーラはけっこう力があるもので、一度にそこそこ多くの荷を運べる。
 だからロギに割り振られている荷物もいっしょに積み込んでは、おっちら街中へとくり出す。途中、手持ちを配り終えたロギがこちらに合流、補充をすませてふたたび配達へと向かうという仕組み。

 俺がとっている手法はどちらもその気になれば誰でも思いつく程度のこと。
 なのにこれまで誰もやっていなかったのは、歩合制と採算の問題。あとは仕事に対する評価などのせい。
 たいていの御者は上の等級を目指す。
 上に行くほどに危険度は高まるが稼ぎがぐんと増える。
 ゆえに第三等級の下積みである都市部での配達業務は、あくまで通過点に過ぎないと考えている者が大半。
 それに他人と組むのは案外難しい。報酬の取り分で揉めることが多いのだ。

 平等に分けるのがすっきりしていて良さそうだが、これがそう簡単な話ではない。
 きっちり参加した人数で分けるとなれば、がんばった者もサボった者も、効率のいい者もどんくさい者も、等しく同額の報酬を受け取ることになる。残念ながら能力には個人差がある。ゆえに平等という名の不平等がどうしても自然発生する。
 ならば働きの内容に応じて……。
 となると、今度はそれをきちんと査定する信用のおける目を持つ人物が必要不可欠。
 しかし第三等級にそんな人材が都合よくいるわけもなく。

 駆け出し同士にてまだまだ鼻息荒く、競争相手でもある関係上、よほど気心の知れた者同士でないと十中八九揉める。
 加えて若い身空で男女混合とかだと色恋沙汰が絡んで、よりややこしい事態に。

 とどのつまり俺がとっている手法は、採算度外視にて業務を遂行する酔狂な第一等級の御者がいてこそ成り立つということ。
 あとこれはあまり認めたくはないのだが、ロギのところとうちとの相性がおもいのほかにいい。
 この調子ならば働き手が回復するまでのつなぎの役割は充分に果たせるだろう。
 俺がそう考えていた矢先のことである。

 ロギと相棒のアサヒが消えた。


しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?

大好き丸
ファンタジー
天上魔界「イイルクオン」 世界は大きく分けて二つの勢力が存在する。 ”人類”と”魔族” 生存圏を争って日夜争いを続けている。 しかしそんな中、戦争に背を向け、ただひたすらに宝を追い求める男がいた。 トレジャーハンターその名はラルフ。 夢とロマンを求め、日夜、洞窟や遺跡に潜る。 そこで出会った未知との遭遇はラルフの人生の大きな転換期となり世界が動く 欺瞞、裏切り、秩序の崩壊、 世界の均衡が崩れた時、終焉を迎える。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

最後の黄昏

松竹梅
ファンタジー
伝説人間vs新人間の9本勝負! 1章だけ公開中。2章、3章は作成中

導きの暗黒魔導師

根上真気
ファンタジー
【地道に3サイト計70000PV達成!】ブラック企業勤めに疲れ果て退職し、起業したはいいものの失敗。公園で一人絶望する主人公、須夜埼行路(スヤザキユキミチ)。そんな彼の前に謎の女が現れ「承諾」を求める。うっかりその言葉を口走った須夜崎は、突如謎の光に包まれ異世界に転移されてしまう。そして異世界で暗黒魔導師となった須夜埼行路。一体なぜ異世界に飛ばされたのか?元の世界には戻れるのか?暗黒魔導師とは?勇者とは?魔王とは?さらに世界を取り巻く底知れぬ陰謀......果たして彼を待つ運命や如何に!?壮大な異世界ファンタジーが今ここに幕を開ける! 本作品は、別世界を舞台にした、魔法や勇者や魔物が出てくる、長編異世界ファンタジーです。 是非とも、気長にお付き合いくだされば幸いです。 そして、読んでくださった方が少しでも楽しんでいただけたなら、作者として幸甚の極みです。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

エデンワールド〜退屈を紛らわせるために戦っていたら、勝手に英雄視されていた件〜

ラリックマ
ファンタジー
「簡単なあらすじ」 死んだら本当に死ぬ仮想世界で戦闘狂の主人公がもてはやされる話です。 「ちゃんとしたあらすじ」 西暦2022年。科学力の進歩により、人々は新たなるステージである仮想現実の世界に身を移していた。食事も必要ない。怪我や病気にもかからない。めんどくさいことは全てAIがやってくれる。 そんな楽園のような世界に生きる人々は、いつしか働くことを放棄し、怠け者ばかりになってしまっていた。 本作の主人公である三木彼方は、そんな仮想世界に嫌気がさしていた。AIが管理してくれる世界で、ただ何もせず娯楽のみに興じる人類はなぜ生きているのだろうと、自らの生きる意味を考えるようになる。 退屈な世界、何か生きがいは見つからないものかと考えていたそんなある日のこと。楽園であったはずの仮想世界は、始めて感情と自我を手に入れたAIによって支配されてしまう。 まるでゲームのような世界に形を変えられ、クリアしなくては元に戻さないとまで言われた人類は、恐怖し、絶望した。 しかし彼方だけは違った。崩れる退屈に高揚感を抱き、AIに世界を壊してくれたことを感謝をすると、彼は自らの退屈を紛らわせるため攻略を開始する。 ーーー 評価や感想をもらえると大変嬉しいです!

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!(改訂版)

IXA
ファンタジー
凡そ三十年前、この世界は一変した。 世界各地に次々と現れた天を突く蒼の塔、それとほぼ同時期に発見されたのが、『ダンジョン』と呼ばれる奇妙な空間だ。 不気味で異質、しかしながらダンジョン内で手に入る資源は欲望を刺激し、ダンジョン内で戦い続ける『探索者』と呼ばれる職業すら生まれた。そしていつしか人類は拒否感を拭いきれずも、ダンジョンに依存する生活へ移行していく。 そんなある日、ちっぽけな少女が探索者協会の扉を叩いた。 諸事情により金欠な彼女が探索者となった時、世界の流れは大きく変わっていくこととなる…… 人との出会い、無数に折り重なる悪意、そして隠された真実と絶望。 夢見る少女の戦いの果て、ちっぽけな彼女は一体何を選ぶ? 絶望に、立ち向かえ。

処理中です...