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026 大猫
しおりを挟む城塞都市ソーヌは三層構造により成り立っている。
守りの要にして外界の危険を遮断する第一城壁。そこから第二城壁までの区間はなだらかな丘陵地帯にて農場や牧場などが広がり、運送組合の支部や物流倉庫もここに位置している。
第二城壁から第三城壁の区間、中間層には人々が暮らす石造りの街並み。密集している建物の大半が集合住宅。個人宅も中央寄りの区画にあるが、屋敷をかまえているのはごく一部の金持ちや、かなり高い地位についている者ぐらい。
そんな街を抜けた先、第三城壁の向こう、都市の中心部には城と役所を兼ねている巨大建造物があって、守備隊などの本部もその中にある。
ここの地下深くには古代神殿を彷彿とさせるような天井の高い空間があって、いざというときには住民たちの避難場所に指定されている。
◇
活気のある街中、人の流れに細心の注意を払いつつ、小型の荷車をゆっくりと引く緑のスーラ。
区画ごとに道の脇に停車。俺は手綱を置いてはすぐに御者台から降りて、車輪に木製の止め具をかまし車体を固定。安全を確保してから荷台にあらかじめ選り分けておいた届け物を運び出し、最寄りの宛先へと届けては、すぐに再出発する。
街中での配達業務はこれを延々と繰り返すのだが、いかんせん慣れぬせいかちっともはかどらない。
届け先が不在だったり、お喋りな相手に捕まったり、お小言を頂戴したり、「なんだ、ロギくんじゃないんだ」と露骨にガッカリされたり……。
じつは第三等級の御者が都市部の配達業務を任されるようになったのは、俺が本格的にこの仕事に従事するようになってしばらく経ってから。
とどのつまり、俺はこの下積みを経験していないのである。
しかし数多の危険と試練をねじ伏せ、壁の外でバリバリ働く第一等級の御者。
その卓越した実力を持ってすれば安全な街中での業務なんぞはたやすい。
などと高をくくっていたのだが、いざやってみるとあまりの勝手のちがいに戸惑うことばかり。
「しんどい……。行く先々で捕まっては、いちいち長話に付き合わされるのがしんどい。あと自分のせいじゃないのにガミガミ怒られるのもしんどい」
現在、配達業務は絶賛滞り中。
だからこそ俺も急遽、応援要員として駆り出されているわけだが、お客の立場からすると臨時だろうが、常駐だろうが関係なし。等しく不平不満をぶつける対象なのである。
「にしても、よりにもよってなんて間の悪い」
こぼれる愚痴の理由は今回の騒動が、ちょうど外壁の修復工事と時期が重なっているせい。
第一城壁は守りの要。ゆえにつねに点検を怠らない。そしてもしも異状が発見されれば、すぐさま壁守(かべもり)と呼ばれる職人集団が出張ることになる。
外壁の修復は何よりも優先されるので、必要な建材や人員を運ぶために運送組合も全面的に協力するのが慣わし。
動ける第二等級はあらかたそちらにとられてしまっていた。
かといって第一等級は数も少なく、外回りが基本なので留守にしがち。たまさか戻っていた俺にロギが泣きつかずとも、遅かれ早かれ支部長ナクラから声がかかっていたのかもしれない。
◇
かがみこんで俺が荷車の車輪にかましていた止め具をはずしていたら、背後にひらりと静かに舞い降りたのは巨大な猫。
夕陽のような色味の短毛は肌触りが良さそうにて、うねうね動く長い尾とうしろ足の先だけが真っ白、ややキツメな印象の瞳は夜空の藍色にて奥には星々が煌めく。
かつて虎と呼ばれていた生き物並みに大きなそいつは、ロギの相棒の騎獣で名をアサヒという。
当然ながらアサヒの背には主人のロギの姿があって開口一番、後輩はこう言った。
「何をちんたらやってるんですか、ダイア師匠。そんなんじゃあ日が暮れちゃいますよ。もっとキビキビ動いて下さい。まだまだ配送する荷物は残っているんですから。というかこうしている間にもずんずん増え続けているんですからね」
叱責を受けてへこむ俺を見て、大猫が目を細めてニィと笑う。
言うだけ言うと不甲斐ない先輩を残し、後輩はさっさと業務に戻っていった。
軽快な動きにてシュタシュタ壁から壁へと飛び移り、建物の屋根の上を駆けていくアサヒ。
猫ならではのしなやかで軽快な動き。だがその手綱を握るロギもたいしたもの。
複雑に入り組んだ城塞都市の構造を把握し、表も裏も知り尽くしているからこそ、あの機動力が活きてくる。
「うーん、適材適所ってやつだな。アレはとても真似できそうにない」
アサヒが消えた方向を眺めながら俺がつぶやけば、相棒のメロウが「ピュイ」とひと鳴きし軟体をぷるるんと震わせた。
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