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025 後輩の御者
しおりを挟む俺の腰にしがみついて頭をグリグリこすりつけているのは後輩の御者。
まだまだあどけなさが残る小柄な若者にて、容姿は女の子とみまがう華奢さ。さらさら金髪に育ちが良さそうな顔立ち、良家の子息のように洗練された立ち居振る舞い。
だが見てくれに騙されることなかれ、こいつは正真正銘のノラである。
愛嬌と容姿にて支部での女性人気は随一だが、それもまた計算の上。
こいつのしたたかな本性をよく知る俺は身をよじりふり払おうとする。
「ええい、うっとうしい。離れろ、ロギ。あと何度言ったらわかるんだ。俺を師匠と呼ぶな。おまえに猫撫で声でそう呼ばれるたびに、うなじのあたりがゾワゾワして気色悪くてしようがない」
「いやいやいや、そんな冷たいことを言っちゃイヤ。それにボクにとって師匠は師匠ですよ。もう忘れちゃったんですか? 手とり足とり、くんずほぐれつしながら必要以上に密着かつ親身になって指導してくれたあの日々のことを」
「人聞きの悪いことを言うな! なぁにが指導だ。おまえ、ろくすっぽ俺の言うことなんぞ聞きやしなかったくせに。そのくせ問題が起きるたびに都合よく先輩にたかりやがって」
そうなのだ。
このロギという若き第三等級御者はそういう男なのである。甘い見た目に反して、中身は超激辛。
目端は利くし、行動も早く、仕事の腕ははたしか。ぶっちゃけとっくに第二等級に昇格してもおかしくない実力なのだが、当人にその気がない。安全かつ堅実に稼げる配達業務が性に合っている。
愛想もすこぶる良い。
ただし自分にとって得であれば、の大前提がつく。
ロギは自分を中心にして周囲の人間たちを格上格下など細かく分類しており、利用価値がある者には露骨に媚びへつらい、価値なしと判断した者にはすこぶる素っ気ない。
相手によって態度をころころ変える。ふつうであれば真っ先に総スカンを喰らいそうな人格であるが、そこはそれ、見た目の良さと愛嬌を駆使し非難の矛先を巧みにそらす世渡り上手。
もしも同じことを他の者がやれば即袋叩きにされることであろう。
なのに女性受けがやたらといいのは「そんなところも猫みたいで可愛い」とのこと。
先にも述べた通り、ロギが俺に近寄ってくるのは自分の手にあまる厄介ごとが起きたときばかり。
こんなヤツにかかわるとろくなことがない、どう転んでも俺が損をするばかり。
だから俺はすぐに迷惑な後輩をふり払おうとするも、衣服に爪をたてじゃれつく猫のごとくロギは「いやいや」と駄々をこねてしつこかった。
でもってこの絵面を傍からみていると、おっさんがいたいけな少年をイジメているように見えるから性質が悪い。
それも込みにてすべては計算づくの行動。
俺とロギの関係を知っている職員たちなんかは「あーあ、ダイアさん、またロギくんに捕まってるよ」と生温かい目を向けるばかり。
だが運送組合の支部は地域の人流物流の一大拠点。関係者以外の人間も大勢出入りしているわけで……。
周囲より無言のまま向けられるのはいわれのない非難まじりの視線の数々。
ここで俺がいくら「無実だ!」「誤解だ!」と叫んだところで、みずから泥沼に足を踏み入れるようなもの。
捕まった時点ですでに勝負アリ。
結局、また俺が折れることになった。
すると現金なもので、あっさりおっさんの腰から離れたロギ。ヘタクソな泣きまねも即座に辞めて「じつは」と配達業務が滞っている事情を説明しはじめたのだが……。
「はぁ? 食あたり」
「そうなんですよ、ダイアさん。連中、売れ残って廃棄されるってんで、タダで貰った肉で鍋なんぞをつつきましてね。そしたらそろって見事に当たってしまったんです。まったく意地汚い連中ですよ。自分たちが社会を支える人流物流の担い手であることを忘れて。じつに嘆かわしいことです」
ロギから連中呼ばわりされているのは、同支部で働く第三等級の御者たち。
日頃の慰労をかねて肉てんこ盛りの鍋をみなで囲み、明日への英気を養おうと企画された宴席。だが結果はご覧の通りにて、参加した大半の者たちが腹痛を起こし寝込むことになる。
病床に伏した人数は二十六名にもおよぶ。
運送組合城塞都市ソーヌ支部はたった一夜にして、半数以上もの第三等級の御者が活動停止へと追い込まれてしまった。そのシワ寄せがもろに現場へと。
「まったく連中は自覚が足りないんですよ、自覚が」
頬を膨らませぷりぷり怒っているロギ。よく見れば目の下に薄っすらとクマが出来ていることから、人手が足りなくてにっちもさっちもいかないのは本当なのだろう。
とはいえ、俺が気になったのは別のこと。
そうか……。ロギ、おまえ、慰労会に呼ばれなかったのか。
まぁ、日頃の行いが悪いからしようがないけど、それでも切なすぎてちょっと目頭が熱くなる。
だからロギから「お願いします、ダイア師匠。困っている後輩たちを助けると思って」と手伝いを頼まれ、俺はつい気安く「わかったよ」と了解してしまったのだが、これが早計であったことをじきに思い知ることになる。
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