御者のお仕事。

月芝

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019 集落奪還作戦・ヒトデ

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 煙る瓦礫の中、蠢いているのは賊の残党を貪っている異形。
 大きさは四シーカ半(約四メートル五十センチぐらい)ほど。
 まるで巨人の手のような形状から「ヒトデ」と呼ばれる慮骸。五指に似た部位にて蜘蛛のように地を這い、ときに跳ねては高所を移動したりもする。頑強なはずの集落を守る壁や門を破壊するほどの膂力を持ち、人体なんぞはヒトデにとっては紙細工みたいなもの。

 くちゃくちゃくちゃ……。

 不快な咀嚼音がしているのは、手のひらのような胴体にある大きな口。
 なまじ歯並びが人間に準拠しているために、眺めていると怖気だけでなく嫌悪感がよりいっそう強くこみあげてくる。

  ◇

「ひぃいぃぃぃぃぃぃっ」

 背後で起った金切り声は住人の誰かがあげたもの。
 賊相手の勝利の余韻なんてものは一瞬で消し飛び、たちまち恐慌状態に陥る集落。
 しかし周囲がざわつくことで逆に俺の意識は冷静さを取り戻す。
 そしてはっと我に返ったことにより気がついてしまった。現在の状況がかなりマズイことに。

 この辺境の集落は山間部に位置している。三方が高い岩肌に囲まれ、出入り口は正面にひとつきり。守りに固く攻めに難しい天然の要害。
 けれども唯一外へと通じる場所に慮骸が居座った時点で、ここは要害でなく逃げ場のない檻となった。
 生き残るにはこのヒトデをどうにかするしかない。

「ダヌさんたちは集落の奥へ避難してくれ。こいつは俺がなんとかする」
「しかし! いくらダイアさんでもひとりでは。ならば、いっそのことみんなで力を合わせて……」

 この申し出に俺は首を横にふる。

「残念ながらそれは無理な相談だ。みんなのあの怯えっぷりを見ただろう? 辺境の民にとって、いや、大半の人間にとって慮骸は死と絶望にも等しい存在なんだ。恐怖のあまりろくに動けず、一方的に狩られるだけだ」

 よってこの場にて慮骸を相手にしてまともに戦えるのは、第一等級御者である俺のみ。
 心配してくれるのはありがたいが、この場に留まられるとかえって足手まといになる。

「みんなといっしょに隠れているように」

 俺の言葉にダヌはしぶしぶうなづき、「どうかご武運を」と言い残し住人らの避難誘導を開始する。

 集落の奥へと向かう人々。
 その流れに逆らって姿をあらわしたのは相棒の緑のスーラ。

「やれやれ、ようやく防人に扮した賊を退治したとおもったら、お次は慮骸か。気合いを入れろよ、メロウ」
「ぴゅい」

 御者と騎獣が覚悟を決めるのを待っていたかのように、のそりとこちらを向いたヒトデ。ぷっと大口から吐き出したのは、ぐにゃぐにゃになった鉄くず。
 原型はとどめていないがもとは剣。賊の中にいたそこそこ遣えるヤツの持ち物。
 集落奪還作戦にていち早く負け戦を悟り、とっとと逃げ出したところで慮骸に遭遇したのだろう。犯してきた罪をおもえば、まぁ、順当な末路ではあるが、それでも生きながらバケモノに喰われる最期にはいささか同情を禁じ得ない。

 グググと五指を曲げて地に這いつくばる姿勢をとったかとおもったら、ヒトデの身がいきなり大きく跳ねた。
 高さのある跳躍。
 見上げていると勢いのままにこちらへと降ってくる。
 巨体を活かした、のしかかり攻撃!
 俺とメロウはあわてて左右に飛んでこいつをかわす。

 かわしながら俺は短双剣の黒羽を抜き、すかさず拡張能力を発動。相手が慮骸とあっては出し惜しみをしている余裕はない。
 緑のスーラは移動しながら筒状の突起物を生やしつつ、ヒトデの着地に合わせて「スーラ弾」による射撃を開始する。弾となる石くれは周囲にいくらでも転がっているので、滅多やたらと撃ちまくる。
 しかし連射を優先するあまり空気圧の溜めが足りない。
 軽い一撃では慮骸の強固な体をたいして傷つけられず、せいぜいが牽制ぐらいにしかならない。
 だがヒトデの注意を引くのには充分。
 緑のスーラに気取られたヤツの無防備な背に俺は斬りかかる。


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