17 / 121
017 集落奪還作戦・炎と風
しおりを挟む傾きかけていた戦いの天秤をいっきに引き戻された。
賊たちと住人たちが激突する喧騒を横目に、それを成した痩せぎすの男はなおも炎に包まれているスーラを凝視したまま。
するとじきに火勢が弱まり、焼け跡からはケロリとした緑のスーラがよちよち姿をみせる。
「ちっ、やはりダメか。さすがは『学者殺し』だ。この程度の火力ではたいしてこたえていないようだな。ならば」
今度は両手ではなく右腕のみを突き出した痩せぎすの男。
「これなら、どうだ?」
言うなり放たれたのは圧縮された風の塊。
痩せぎすの男は右手から風を放ち、左手にて炎を操ることで、より強力な火勢を自在に引き出していたのである。
けれども魔導兵の炎風をしてもスーラという生き物を殺すことはできない。
なにせ都市部を壊滅させるほどの殲滅攻撃ですらも、けろりとしのぐ謎生物なのだから。ムキになってかまったところで徒労である。
だから痩せぎすの男は倒すことをはなから放棄する。
風のみの攻撃。
目には見えない透明な砲弾。狙うのは倒すことではなくて、吹き飛ばして戦場より強制退場願うこと。
そうすればあとは炎で脅し、籠城している住民らを賊たちが制圧することなんぞはわけがないとの判断である。
ドンッ!
風の塊を喰らった瞬間、重く鈍い音が響く。
緑のスーラのお椀型の体がベコリとへこむ。なおも地面に踏ん張っていたところを、さらに風の砲弾が襲いかかる。
二撃、三撃と続くうちにこらえきれなくなった緑のスーラ。
ついにはじかれてゴロゴロとうしろへ転がってゆく。
◇
邪魔者がいなくなったところで、痩せぎすの男はすかさず左手を倉庫へと向けながら淡々と言った。
「武器を捨ておとなしく投降すればよし。さもなければ中にいるガキどもごと倉庫を焼き払う」
実質的に選択の余地がない最後通告。
魔導兵の脅威をまのあたりにした住人たちは悔しげに唇を噛みしめながら、次々と腕をさげ手にしていた得物を足下に捨ててゆく。
賊仲間たちが歓声をあげ、もはやこれまで。
集落奪還作戦は失敗に終わったのかとおもわれたのだが……。
右手にて緑のスーラを牽制しつつ、左手にて倉庫を狙い、意識は反旗を翻した住人たちや味方へと向ける。
一度に複数のことをこなしつつの終局。
勝ちを確信し、当人も知らぬうちにわずかに生じる心のほころび。それは油断ともいえぬささいなこと。
額に浮いていた汗の粒。そのうちのひとつがつぅと流れ落ち、目にかかりそうになったので痩せぎすの男はまばたきをしてこれをしのぐ。
しかしまぶたを開けたとき、痩せぎすの男は「はて?」と首をかしげることになる。
急に右腕がふわりと軽くなったからだ。
見れば己の手首から先が消えていた。ほんの一瞬の出来事である。ありえない。
いったいどこに失せたのかと目で探していたら、地面に刺さった短剣のかたわらに落ちているのを見つけた。
この時点でようやく自分が何者かの攻撃を受けたことを理解した痩せぎすの男。同時に傷口からあふれる鮮血と湧き起こる痛み。おもわず悲鳴をあげようとするも、視界の片隅に映った人影がそれを許さない。
人影の正体は御者のダイア。
賊の頭を倒し遅ればせながら現場へと駆けつけた勢いのままに、数名の賊を斬り伏せ、接敵しながらの投擲により、魔導兵の腕をひとつ破壊したのである。
猛然と迫る御者。
痩せぎすの男はすぐさま無事な左腕を向けて火炎で焼き払おうとする。
だが手のひらで敵影を捉えたとおもったら、肝心の相手の姿がかき消えてしまった。
ダイアの拡張能力。
足の筋力を一時的に増強しての急加速からの急制動。緩急の落差が激しすぎてその動きを痩せぎすの男は目で追いきれない。それらの人間離れした動きを制御するためにダイアは神経系も拡張する。
この時、対峙している二人の体感している時間の流れは完全に異なっていた。
ダイアから見れば痩せぎすの男はまるで水の中でもがいているかのようなゆっくりとした動き。
それでも痩せぎすの男はなおも意地の抵抗を示す。
狙いを定められないのならばと、一帯を薙ぎ払うかのようにして扇状に焔を放つ。
けれどもその攻撃は完遂されなかった。
半ばまで進んだところで、斬っ!
左腕の肘から先が下から斬り飛ばされたからである。
身を低くして間合いを詰めていたダイア。火勢に一切ひるむことなく突き進み、炎の腕の下をかいくぐっての斬撃。
「ぐっ、その動き。きさまっ、もしや旧式か!」
両腕を失った魔導兵が苦しげによろめく。
旧式とは拡張手術を受けた者に対する蔑称。機械兵ほど全身を加工することもなく、魔導兵ほど決死の覚悟で肉体をいじるわけでもない。人であることにしがみついたがゆえの半端者。
現役時代には散々に浴びせられた呼び方だが、ひさしぶりに耳にして、俺はおもわず口の端が歪むのを抑えられない。
左腕を斬り落とし、返す刃で俺が狙ったのはヤツの右胸。
魔導兵の体内に埋め込まれた第二の心臓なる器官。強力な超常攻撃を放つ両腕をつぶし、大元を壊す。それが魔導兵の倒し方。
うっかり器官を放置したら死後に暴走して爆発とか起こすことがあるので性質が悪い。
右胸に突き入れた刃にぐぐっと力を込めてわずかに押し下げる。これでより確実に器官を破壊したところで、短剣を引き抜く。
両腕を斬り落とされ、胸を貫かれた痩せぎすの男は己が流した血の海に倒れた。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
一般トレジャーハンターの俺が最強の魔王を仲間に入れたら世界が敵になったんだけど……どうしよ?
大好き丸
ファンタジー
天上魔界「イイルクオン」
世界は大きく分けて二つの勢力が存在する。
”人類”と”魔族”
生存圏を争って日夜争いを続けている。
しかしそんな中、戦争に背を向け、ただひたすらに宝を追い求める男がいた。
トレジャーハンターその名はラルフ。
夢とロマンを求め、日夜、洞窟や遺跡に潜る。
そこで出会った未知との遭遇はラルフの人生の大きな転換期となり世界が動く
欺瞞、裏切り、秩序の崩壊、
世界の均衡が崩れた時、終焉を迎える。
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!(改訂版)
IXA
ファンタジー
凡そ三十年前、この世界は一変した。
世界各地に次々と現れた天を突く蒼の塔、それとほぼ同時期に発見されたのが、『ダンジョン』と呼ばれる奇妙な空間だ。
不気味で異質、しかしながらダンジョン内で手に入る資源は欲望を刺激し、ダンジョン内で戦い続ける『探索者』と呼ばれる職業すら生まれた。そしていつしか人類は拒否感を拭いきれずも、ダンジョンに依存する生活へ移行していく。
そんなある日、ちっぽけな少女が探索者協会の扉を叩いた。
諸事情により金欠な彼女が探索者となった時、世界の流れは大きく変わっていくこととなる……
人との出会い、無数に折り重なる悪意、そして隠された真実と絶望。
夢見る少女の戦いの果て、ちっぽけな彼女は一体何を選ぶ?
絶望に、立ち向かえ。
箱庭物語
晴羽照尊
ファンタジー
※本作は他の小説投稿サイト様でも公開しております。
※エンディングまでだいたいのストーリーは出来上がっておりますので、問題なく更新していけるはずです。予定では400話弱、150万文字程度で完結となります。(参考までに)
※この物語には実在の地名や人名、建造物などが登場しますが、一部現実にそぐわない場合がございます。それらは作者の創作であり、実在のそれらとは関わりありません。
※2020年3月21日、カクヨム様にて連載開始。
あらすじ
2020年。世界には776冊の『異本』と呼ばれる特別な本があった。それは、読む者に作用し、在る場所に異変をもたらし、世界を揺るがすほどのものさえ存在した。
その『異本』を全て集めることを目的とする男がいた。男はその蒐集の途中、一人の少女と出会う。少女が『異本』の一冊を持っていたからだ。
だが、突然の襲撃で少女の持つ『異本』は焼失してしまう。
男は集めるべき『異本』の消失に落胆するが、失われた『異本』は少女の中に遺っていると知る。
こうして男と少女は出会い、ともに旅をすることになった。
これは、世界中を旅して、『異本』を集め、誰かへ捧げる物語だ。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる