御者のお仕事。

月芝

文字の大きさ
上 下
14 / 121

014 集落奪還作戦・戦斧

しおりを挟む
 
 独特の硫黄臭は温泉のもの。
 もうもうと視界を埋め尽くす湯気。
 ところは集落の共同浴場。
 広めの湯舟につかっては我が物顔で朝湯としゃれ込んでいる賊のひとり。その首をかき切ったところで、もうひとりが浴場に姿をみせた。
 しかし身を低くして這うことで白いモヤに隠れているこちらには気づかない。
 鼻歌まじりにてそのまま洗い場へと向かったもので、頭を洗っているところをやはり背後から首をかき切った。
 ここだとすぐに血が洗い流せるから汚れを気にしなくていいので処理が楽だ。

 共同浴場に来る前に寝ている連中を先に仕留めてきた。寝入っている相手を殺すのは造作もない。
 これで残りは二十五にまで減っている。
 ようやく半分近くにまでこぎつけたものの、隠密行動もそろそろ限界。陽もあがりきったことだし、集落の異変に気づかれるのは時間の問題であろう。
 ことが露見する前に賊の頭かあるいは陰気な面をした痩せぎすの男、どちらか一方は片付けておきたいところ。

  ◇

 先に好機到来となったのは賊の頭であった。
 建屋の裏手にある井戸へとひとり赴き、身に着けていた甲冑を脱ぐなり行水を始める。
 どうやらこいつは湯舟につかるのがあまり好きではないようだ。いわゆる風呂嫌いというやつ。稀にだがいる。

 周囲には他に誰もいない。
 無防備に背中がさらされている。
 だから俺は短双剣の一刀を手にいっきに駆け寄った。
 しかし気配を消し無音にて近づいていたのにもかかわらず、賊の頭はいきなり脇に置いてあった愛用の戦斧に手をのばすと、これを引っ掴んで振り向きざまに横薙ぎを放つ。

 ぶぅんと風切り音。

 ひょうしにヤツのカラダについていた水滴が飛び散り、陽光を受けてきらめく。
 俺はとっさにしゃがんで戦斧の銀閃をかわすも、すかさず脳天めがけて第二撃が降ってきた。
 横転しからくも逃れる。
 転がる勢いのままにすぐさま立ち上がったところで、ふわっと自分の衣類から立ちのぼったかすかなニオイに気がついて俺は己の失策を悟る。
 硫黄のニオイ。温泉の移り香。
 賊の頭は風呂嫌いなんじゃない。こいつは硫黄臭を嫌っていたんだ。だからこそかすかなニオイにも反応した。

「きさまは……御者っ! 薬でぐっすり寝ていたはずなのに、いつのまに目を覚ましやがった。それにこいつはどういった了見だっ?」

 問いかけながらも攻撃の手は緩めない。
 賊の頭は戦斧を振り回し続けている。自分から話しかけておいて、はなからまともに会話をする気なんてないのだ。倒すべき敵を前にして「おのれ」「なにやつ」なんぞとのんびり応答するのは三流どころ。
 そのへんのところをこいつはちゃんとわきまえている。それだけ実戦馴れしているということ。いやさ、人を殺し慣れているということ。

 俺はだんまりを決め込んだままにて応戦。わざわざ相手に情報をくれてやる必要はない。
 そんなこちらの態度に「ちっ」と舌打ちをする賊の頭。ここまで片手で振り回していた戦斧を急に両手持ちへと変えた。
 放たれたのは膂力まかせの攻撃ではなく、腰の入った一撃。
 戦斧が地面を深くえぐる。砂塵が盛大に舞う。
 瞬時に張られたのは土煙による幕。
 飛んでくる砂利が顔を打ち、俺はたまらず手で目元を庇う。
 直後に煙幕に穴を穿ったのは戦斧の石突。

 大振りな斬撃ばかりに気をとられていたところに、鋭い突き。
 完璧にこちらを捉えており、たとえ拡張能力を発動したとしてもこれはかわせない。
 そこで俺はとっさに右脚を跳ね上げた。石突を足の裏で受ける。
 御者愛用の革製の長靴は底や先端に鉄板が仕込んである。仕事柄、悪路を進むことも多く、うっかり車輪や重たい荷物もしくは相棒の騎獣に踏んづけられることがあるからだ。
 突きを受けると同時にふわりと身を浮かべ脱力。
 これによって派手に後方へと飛ばされることになるも、衝撃の大部分を吸収し散らすことに成功する。
 宙にてくるんと回って、俺はひらりと着地を決める。
 そんなこちらの動きをまのあたりにして、表情をいっそう険しくしたのは賊の頭。

「てめえ……、その身のこなし。ただもんじゃねえな。少なくとも三等級の御者風情の動きなんかじゃねえ。くそっ、話がちがうじゃねえか。あのクソアマめっ」

 悪態をつきながら賊の頭があらためて戦斧をかまえる。
 彼の物言いから、まんまとこちらの思惑に引っかかってくれたことがわかる。どうやら支部長ナクラの策は見事にハマっていたようだ。もっとも彼女もまさか集落占拠などという大がかりなことを敵が仕掛けてくるとは予想外だったので、騙し騙されてのおあいこだが。

 俺は戦斧の石突を受けた右脚の調子を密かに確かめる。
 問題なし。鋭く重たい一撃ではあったがうまく攻撃をいなせたようだ。
 それがわかったところでじりじりと間合いを詰めてゆく。

「さてと、そろそろ倉庫の方でも動きがあるだろうし、あまりグズグズしてはいられないか」

 俺はつぶやきつつ短双剣のもう一刀を抜いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

処理中です...