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014 集落奪還作戦・戦斧
しおりを挟む独特の硫黄臭は温泉のもの。
もうもうと視界を埋め尽くす湯気。
ところは集落の共同浴場。
広めの湯舟につかっては我が物顔で朝湯としゃれ込んでいる賊のひとり。その首をかき切ったところで、もうひとりが浴場に姿をみせた。
しかし身を低くして這うことで白いモヤに隠れているこちらには気づかない。
鼻歌まじりにてそのまま洗い場へと向かったもので、頭を洗っているところをやはり背後から首をかき切った。
ここだとすぐに血が洗い流せるから汚れを気にしなくていいので処理が楽だ。
共同浴場に来る前に寝ている連中を先に仕留めてきた。寝入っている相手を殺すのは造作もない。
これで残りは二十五にまで減っている。
ようやく半分近くにまでこぎつけたものの、隠密行動もそろそろ限界。陽もあがりきったことだし、集落の異変に気づかれるのは時間の問題であろう。
ことが露見する前に賊の頭かあるいは陰気な面をした痩せぎすの男、どちらか一方は片付けておきたいところ。
◇
先に好機到来となったのは賊の頭であった。
建屋の裏手にある井戸へとひとり赴き、身に着けていた甲冑を脱ぐなり行水を始める。
どうやらこいつは湯舟につかるのがあまり好きではないようだ。いわゆる風呂嫌いというやつ。稀にだがいる。
周囲には他に誰もいない。
無防備に背中がさらされている。
だから俺は短双剣の一刀を手にいっきに駆け寄った。
しかし気配を消し無音にて近づいていたのにもかかわらず、賊の頭はいきなり脇に置いてあった愛用の戦斧に手をのばすと、これを引っ掴んで振り向きざまに横薙ぎを放つ。
ぶぅんと風切り音。
ひょうしにヤツのカラダについていた水滴が飛び散り、陽光を受けてきらめく。
俺はとっさにしゃがんで戦斧の銀閃をかわすも、すかさず脳天めがけて第二撃が降ってきた。
横転しからくも逃れる。
転がる勢いのままにすぐさま立ち上がったところで、ふわっと自分の衣類から立ちのぼったかすかなニオイに気がついて俺は己の失策を悟る。
硫黄のニオイ。温泉の移り香。
賊の頭は風呂嫌いなんじゃない。こいつは硫黄臭を嫌っていたんだ。だからこそかすかなニオイにも反応した。
「きさまは……御者っ! 薬でぐっすり寝ていたはずなのに、いつのまに目を覚ましやがった。それにこいつはどういった了見だっ?」
問いかけながらも攻撃の手は緩めない。
賊の頭は戦斧を振り回し続けている。自分から話しかけておいて、はなからまともに会話をする気なんてないのだ。倒すべき敵を前にして「おのれ」「なにやつ」なんぞとのんびり応答するのは三流どころ。
そのへんのところをこいつはちゃんとわきまえている。それだけ実戦馴れしているということ。いやさ、人を殺し慣れているということ。
俺はだんまりを決め込んだままにて応戦。わざわざ相手に情報をくれてやる必要はない。
そんなこちらの態度に「ちっ」と舌打ちをする賊の頭。ここまで片手で振り回していた戦斧を急に両手持ちへと変えた。
放たれたのは膂力まかせの攻撃ではなく、腰の入った一撃。
戦斧が地面を深くえぐる。砂塵が盛大に舞う。
瞬時に張られたのは土煙による幕。
飛んでくる砂利が顔を打ち、俺はたまらず手で目元を庇う。
直後に煙幕に穴を穿ったのは戦斧の石突。
大振りな斬撃ばかりに気をとられていたところに、鋭い突き。
完璧にこちらを捉えており、たとえ拡張能力を発動したとしてもこれはかわせない。
そこで俺はとっさに右脚を跳ね上げた。石突を足の裏で受ける。
御者愛用の革製の長靴は底や先端に鉄板が仕込んである。仕事柄、悪路を進むことも多く、うっかり車輪や重たい荷物もしくは相棒の騎獣に踏んづけられることがあるからだ。
突きを受けると同時にふわりと身を浮かべ脱力。
これによって派手に後方へと飛ばされることになるも、衝撃の大部分を吸収し散らすことに成功する。
宙にてくるんと回って、俺はひらりと着地を決める。
そんなこちらの動きをまのあたりにして、表情をいっそう険しくしたのは賊の頭。
「てめえ……、その身のこなし。ただもんじゃねえな。少なくとも三等級の御者風情の動きなんかじゃねえ。くそっ、話がちがうじゃねえか。あのクソアマめっ」
悪態をつきながら賊の頭があらためて戦斧をかまえる。
彼の物言いから、まんまとこちらの思惑に引っかかってくれたことがわかる。どうやら支部長ナクラの策は見事にハマっていたようだ。もっとも彼女もまさか集落占拠などという大がかりなことを敵が仕掛けてくるとは予想外だったので、騙し騙されてのおあいこだが。
俺は戦斧の石突を受けた右脚の調子を密かに確かめる。
問題なし。鋭く重たい一撃ではあったがうまく攻撃をいなせたようだ。
それがわかったところでじりじりと間合いを詰めてゆく。
「さてと、そろそろ倉庫の方でも動きがあるだろうし、あまりグズグズしてはいられないか」
俺はつぶやきつつ短双剣のもう一刀を抜いた。
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