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008 妖精の鱗粉
しおりを挟む本格的な取引は明日にして、到着したその日は夕方から宴が催される。
宴といってもささやかなもの。地産の食材でこしらえた料理と地酒。これにダヌが持ち込んだお土産の焼き菓子などを添えたもの。
それでも辺境民にとってはごちそうにて、ちょっとしたお祭り騒ぎ。
恐縮しながら俺も末席にてご相伴に預かる。
地酒はキツメでドロリとした白濁、ややニオイが酸えており癖があるものの風味は悪くない。
相棒のメロウも気に入ったようで、のんびり味わっているうちにいつのまにか俺の分まで呑まれてしまっていた。
◇
今のご時世、観光目的の旅人なんぞという酔狂な輩はいない。
よって集落には宿屋なんて気の利いたものはないので、集落に滞在中は空いている家を借りて寝起きする。
明日は一日、集落の中央広場にて商いに精を出し、明後日にはもう次の集落へと向けて立つ予定となっている。
だが予定は少々狂うかもしれない。
外には薄っすらと霧が垂れ込めはじめている。
俺は窓を開けて手を伸ばし、白いモヤを掴むような仕草をしては指先の感触を確かめる。
「ちっ、やっぱり妖精の鱗粉混じりか。まぁ、この分ならばあまりひどくはならなさそうだし、今夜中に散ってくれればいいんだが」
妖精の鱗粉。
それは大戦時に人類が犯した三大禁忌のうちのひとつ。
◇
激化の一途を辿る大戦。
各国は生き残り敵国に勝利するため兵器開発にしのぎを削る。
その中で初期に台頭著しかったのが、機械を主軸とした兵器群。
鉄のツバサが空を飛び、鉄の車が大地を駆け、体を機械化し強力な銃火器を所持した兵士たちが戦場を席捲する。
圧倒的な武力。
これにより大戦の序盤は工業や機械の技術に抜きんでていた帝国が優勢となり、勢いのままに、大陸制覇を成し遂げるのではないかと思われた。
しかしその栄光の日々は長くは続かない。
対抗策として産み出されたのが、妖精の鱗粉。
大気中にばら撒くことで、機械は誤作動を起こしろくに動けなくするという防衛兵器。
この妖精の鱗粉の登場によって、あれほど猛威を振るっていた機械兵はただの案山子と化し、強力な兵器群はただの鉄の塊と成り果てた。
あっさりひっくり返った戦局。
この事態を打開すべく、妖精の鱗粉を製造管理する施設が狙われるのは当然の流れであろう。
高地にあった施設を巡る攻防は熾烈を極める。
そしてすべてが終わった時、人類は取り返しのつかない過ちを犯していた。
破壊と混沌によって制御を失った施設が暴走。
もうもうと吐き出され続ける大量の妖精の鱗粉はたちまち空高くへと舞い上がり、遥か上空の気流に乗っては大気と混じり合い、世界中へとばら撒かれることになる。
風に乗り草原を汚染し、雨とともに大地に降り注いではこれを汚染する。川や湖に溶け込もうとも薄まることはない。むしろ目には見えない粒同士がくっつきより強固な性質となって、仲間を増やしてゆく。
その呪縛は凄まじく、場所によっては銃器を暴発させるどころか引き金すらまともに作動しないほどの影響を受ける。
結果、世界は妖精の鱗粉に蹂躙され、文明は著しい退化を余儀なくされた。
◇
窓を閉めた俺はふり返ると同室のダヌに注意を促す。
「こんな夜はとっとと寝ちまうのに限る。間違ってもひとりで表には出ないように」
妖精の鱗粉は文明を退化させるだけでは飽き足らず、恐るべきべつの性質をも持ち合わせていた。
だから今夜のような濃霧のときには、みなおとなしく家に閉じこもり、ひたすらじっと災禍が過ぎ去るのを待つ。
はっきり言って行商人をつけ狙っている裏稼業の者よりも、御者としてはそちらの方がずっとやっかいな存在。
ここは辺境とはいえ仮にも内地だから、大丈夫とは思うのだが何ごとにも万が一がある。用心しておくのが無難であろう。
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