御者のお仕事。

月芝

文字の大きさ
上 下
8 / 121

008 妖精の鱗粉

しおりを挟む
 
 本格的な取引は明日にして、到着したその日は夕方から宴が催される。
 宴といってもささやかなもの。地産の食材でこしらえた料理と地酒。これにダヌが持ち込んだお土産の焼き菓子などを添えたもの。
 それでも辺境民にとってはごちそうにて、ちょっとしたお祭り騒ぎ。
 恐縮しながら俺も末席にてご相伴に預かる。
 地酒はキツメでドロリとした白濁、ややニオイが酸えており癖があるものの風味は悪くない。
 相棒のメロウも気に入ったようで、のんびり味わっているうちにいつのまにか俺の分まで呑まれてしまっていた。

  ◇

 今のご時世、観光目的の旅人なんぞという酔狂な輩はいない。
 よって集落には宿屋なんて気の利いたものはないので、集落に滞在中は空いている家を借りて寝起きする。
 明日は一日、集落の中央広場にて商いに精を出し、明後日にはもう次の集落へと向けて立つ予定となっている。
 だが予定は少々狂うかもしれない。
 外には薄っすらと霧が垂れ込めはじめている。
 俺は窓を開けて手を伸ばし、白いモヤを掴むような仕草をしては指先の感触を確かめる。

「ちっ、やっぱり妖精の鱗粉混じりか。まぁ、この分ならばあまりひどくはならなさそうだし、今夜中に散ってくれればいいんだが」

 妖精の鱗粉。
 それは大戦時に人類が犯した三大禁忌のうちのひとつ。

  ◇

 激化の一途を辿る大戦。
 各国は生き残り敵国に勝利するため兵器開発にしのぎを削る。
 その中で初期に台頭著しかったのが、機械を主軸とした兵器群。
 鉄のツバサが空を飛び、鉄の車が大地を駆け、体を機械化し強力な銃火器を所持した兵士たちが戦場を席捲する。
 圧倒的な武力。
 これにより大戦の序盤は工業や機械の技術に抜きんでていた帝国が優勢となり、勢いのままに、大陸制覇を成し遂げるのではないかと思われた。
 しかしその栄光の日々は長くは続かない。

 対抗策として産み出されたのが、妖精の鱗粉。
 大気中にばら撒くことで、機械は誤作動を起こしろくに動けなくするという防衛兵器。
 この妖精の鱗粉の登場によって、あれほど猛威を振るっていた機械兵はただの案山子と化し、強力な兵器群はただの鉄の塊と成り果てた。
 あっさりひっくり返った戦局。
 この事態を打開すべく、妖精の鱗粉を製造管理する施設が狙われるのは当然の流れであろう。

 高地にあった施設を巡る攻防は熾烈を極める。
 そしてすべてが終わった時、人類は取り返しのつかない過ちを犯していた。
 破壊と混沌によって制御を失った施設が暴走。
 もうもうと吐き出され続ける大量の妖精の鱗粉はたちまち空高くへと舞い上がり、遥か上空の気流に乗っては大気と混じり合い、世界中へとばら撒かれることになる。
 風に乗り草原を汚染し、雨とともに大地に降り注いではこれを汚染する。川や湖に溶け込もうとも薄まることはない。むしろ目には見えない粒同士がくっつきより強固な性質となって、仲間を増やしてゆく。
 その呪縛は凄まじく、場所によっては銃器を暴発させるどころか引き金すらまともに作動しないほどの影響を受ける。
 結果、世界は妖精の鱗粉に蹂躙され、文明は著しい退化を余儀なくされた。

  ◇

 窓を閉めた俺はふり返ると同室のダヌに注意を促す。

「こんな夜はとっとと寝ちまうのに限る。間違ってもひとりで表には出ないように」

 妖精の鱗粉は文明を退化させるだけでは飽き足らず、恐るべきべつの性質をも持ち合わせていた。
 だから今夜のような濃霧のときには、みなおとなしく家に閉じこもり、ひたすらじっと災禍が過ぎ去るのを待つ。
 はっきり言って行商人をつけ狙っている裏稼業の者よりも、御者としてはそちらの方がずっとやっかいな存在。
 ここは辺境とはいえ仮にも内地だから、大丈夫とは思うのだが何ごとにも万が一がある。用心しておくのが無難であろう。


しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ
ファンタジー
異世界で危機に陥ったある国にまつわる物語。 生まれながらにして嫌われ者となったギュールス=ボールド。 魔物の大軍と皇国の戦乱。冒険者となった彼もまた、その戦に駆り出される。 捨て石として扱われ続けるうちに、皇族の一人と戦場で知り合いいいように扱われていくが、戦功も上げ続けていく。 その大戦の行く末に彼に待ち受けたものは……。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈 
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

処理中です...