御者のお仕事。

月芝

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007 辺境の民

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 今回の行商の最初の目的地の集落に到着。
 荷車が速度を落としのろのろ近づくなり、あいさつ代わりに飛んできたのは一本の矢。地面にぶすりと突き立った矢には赤い布切れが結ばれてある。
 これは警告。込められているのは「ただちに止まれ、それ以上許可なく近づけば攻撃する」との意。

 素直に命令に従い俺は荷車を止め手綱を離すと、両手をあげてこちらには争う意思がないことを示す。
 すると跳ね橋が降りて門が少しだけ持ち上がる。奥から槍や弓を持った複数の男たちがぞろぞろ。
 隊長格の者より「何者だ? 何の用でここにきた」とにらみながら詰問される。
 俺は運送組合の身分証を提示しつつさっそく説明をしようとしたのだが、そこで荷台の幌からダヌが顔を出す。

「やあ、こんにちわ。みなさん、お元気そうですね」

 行商人の青年が姿を見せるなり、たちまち先方の態度が軟化。
 突きつけられていた槍の穂先と弓の鏃(やじり)もはずされる。

「おぉ、ダヌさんだったのか! それならそうとさっさと言ってくれればいいのに。遠路はるばるたいへんだというのによく来てくれた。さぁ、入った入った」

 警戒から一転しての歓迎ぶり。
 このことからも彼らが行商人の来訪を心待ちにしていたということがよくわかる。
 そしてダヌがいかに辺境に暮らす人々の信用を得ているのかということも……。

  ◇

 都市部を離れた田舎というか辺境の住人といえば、素直でぼくとつ、のんびりとした存在だったのは遥か昔のこと。
 大戦中、凄まじい戦火が席捲する時代を経て変化したのは、何も環境や生態系だけではない。
 人の心、そのあり方もいろいろと変わった。
 しかしそれも無理からぬこと。
 ふるえて怯えるばかりの弱い羊が過酷な状況下で、外敵の脅威から土地と仲間を守って生き残れるわけがない。

 狂暴な生き物を寄せつけぬ死の川があるとはいえ、けっして油断はしない。敵は変異した獣のみではないのだから。
 集落を囲う壁と掘りの存在は当たり前。
 男たちは全員が自警団に所属しており鍛錬を欠かさず。女子どもたちですらもひと通り武器の扱いを学んでおり、いざともなれば総出で戦う。
 その一方で各戸に頑強な地下室を持ち、最悪の事態にも備えている。

 辺境の集落とて、もとはただの村里であった。
 けれども激化する戦局にともなって、ここに都市部からの疎開組が加わる。
 ふつうならば地元民と外部からきた新参者にて軋轢が生じそうなものであるが、皮肉にも戦争という圧倒的脅威の存在が、彼らに内輪揉めをする余裕なんて与えなかった。

 生き残る。

 ただ、それだけを目標に掲げ一致団結。
 そのために集落は要塞化し、住人らは必要な力を身につけた。
 現在の住人たちは、それらの二世三世にあたる世代にて、いわば生え抜きの辺境民たち。
 そんな連中の集団が弱いわけがない。また集落の結びつきは外部からでは計り知れぬほどに強固。苦楽を共にし結ばれた絆は、ときに家族や親子の血のそれよりも優先されるほど。
 ゆえに辺境民は部外者には格別厳しい目を向ける。
 各地を渡る御者という仕事をしている俺は、行く先々でその洗礼を受けてきた。
 だからこそ、ダヌに対する彼らの態度にはたいそう驚かされた。
 自分たちの集落の人間以外は基本的に信じない。そんな連中を懐柔する。生半可なことではない。いったいどれほど大小の信用を積み、粘り強く交渉を重ねてきたのだろうか。

  ◇

 集落の者らに案内されるまま荷車を進めながら、吊り橋をゆっくり渡る。
 この橋の途中には、いくつか板が抜ける仕掛けが施されているそうで、闇雲に走り抜けようとすると、たちまち板が割れて車輪をとられてしまい身動きが封じられるんだとか。
 まったくこの用心深さときたら……。感心を通り越して呆れるほど。
 にしても、である。 
 俺は御者台の隣に座り周囲に愛想を振りまいている青年をチラ見。
 ここまで警戒心が強く、容易に他者を受け入れようとはしない辺境の民。それに胸襟を開かせるとはたいした御仁だ。どうやら彼に対する評価と認識を大幅にあらためる必要がありそうだ。

「なるほど、こいつはとんだ掘り出しものだな。いいや金の卵を産むニワトリか。ナクラのやつが肩入れしたくなる気持ちもよくわかる。それにこの調子であちこちに販路を拡充しているのだとしたら、そりゃあ例の商会とやらも裏稼業の者を雇ってでも獲りにくるわな」


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