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005 学者殺し
しおりを挟むスーラとは大戦時の環境汚染の影響を受けずに、かつての姿を保持している数少ない生物のひとつである。
人畜無害のぷにぷに、半透明のお椀型の塊で大人が両腕を広げたぐらいの大きさ。表面はつるんとしており、目口鼻耳どころか内臓など、およそ生き物が必要とするであろう器官がまるで見当たらず。
いろんな色の個体がおり、探せばわりとその辺に生息している。
だがしかし、その生態は昔から謎に包まれている。
いつから存在し、どうやって増えているのか、雌雄はあるのか、食性……。ありとあらゆることが、てんでバラバラ。個体差があり過ぎて、とにかく何を考えているのかがわからない。
とりあえずわかっていることといったら、ちっとも懐かないこと、やたらと丈夫だということぐらい。
戦時下において都市が敵国の攻撃によって業火に見舞われているさなかでも、へっちゃら。阿鼻叫喚の地獄絵図を尻目にぷよんぽよんとうろついているかとおもえば、深い水底にて何年もじっとしていたりする。街の片隅でゴミ箱を漁っては、下水道を転がっていたり、木に張り付いていていることもあれば、家の壁と壁の隙間にはまっていることもある。
わりと人の近くにいるくせして、微妙に手が届かない位置を保っている。
存在意義がわからず、食物連鎖からもはじかれており、生態系になんら寄与せず。とにかく意味不明な存在。
もっとも身近な神秘とも云われ、研究者泣かせとしても有名。
本気でかかわれば人生を棒に振ることから「学者殺し」との異名を持つ。
緑のスーラと俺が出会い、ひょんなことから組んで御者をすることになった理由。
そこには聞くも涙、語るも涙にて、手に汗握る熱い友情物語が……。
特にあるわけではない。
たまさか外で飲んだくれて酔っ払って寝ていたら、そこにヨチヨチ近寄ってきたのが緑のスーラ。
なにやら物欲しそうにしていたから試しに酒を与えてみたら、いい飲みっぷりだった。
かくして朝まで飲み明かした俺たちは友となり、なんやかやあってこうなっただけのこと。
ちなみに相棒の名はメロウ。その時に呑んでいた酒の銘柄。
メロウの好物はもちろん酒だ。ただし大酒飲みにて、報酬の大半が酒代に消えるのがちょいと悩みの種ではあるが、まぁ、かわいいヤツである。
◇
焚き火を囲んでの野営中。
俺とダヌの会話の話題はスーラのことから、彼のことへと移る。
「ダヌさんは自分を狙っている相手に心当たりはあるのか?」
「……ええ、なんとなく」
思い当たる節があるわりにダヌは少々歯切れが悪い。
その理由は彼を取り巻く微妙な状況のせいであった。
一念発起して辺境を行商で回ることにしたダヌ。
もちろん最初から上手くことが運んだわけではない。たくさん苦労も重ねたし、失敗もした。それでもこつこつ続けることで、ようやく商売が軌道に乗りかけてきた矢先のこと。
とある商会がダヌに声をかけてきた。
「素晴らしい。是非とも応援したい」
なんぞと調子のいい言葉を並べては笑顔で擦り寄ってきたが、ようは美味しいところだけいただこうというせこい考え。
ダヌも伊達に若くして苦労はしていない。すぐに相手の魂胆を見破り丁重にお断りする。
すると直後から小さな嫌がらせが始まったんだとか。
だが気にせず商売に勤しみ無視しているうちに、どんどんと悪質になっていく。
近頃ではさすがに目に余ってきたのでダヌは商業組合に訴えるも、返事はかんばしくなかった。どうやら上の方が金を掴まされており、問題の商会とずぶずぶの関係らしい。
お店をかまえる商会と行商人。
組合がどちらを重視しているのかなんて考えるまでもない。
だがダヌはへこたれなかった。ますます闘志を燃やす。
すると不思議なもので、がんばっている若者を応援する声がちらほら増えてきた。
一方で問題の商会の方はふだんの素行の悪さも手伝って、評判を下げるばかり。
すべては自業自得なのだが、それを認め悔い改める器量を持ち合わせていたら、はなからこんなしょうもない真似はしていない。
逆切れして、ついにはダヌを排除し彼の開拓した販路を強引に奪ってしまおうと目論む。
そのために裏稼業の者を雇ったとなれば、これまでとは話がちがってくる。
さすがに命の危険を感じたダヌ。伝手を頼って運送組合の支部長のナクラに相談したという次第。
当人より詳しい説明を聞いて、俺はおもわず「うーん」とうなる。
いつの世もこの手の悪党が消えたためしがない。
あの苛烈な戦争をも生き残るしぶとさ、悪巧みを思いつく頭を使って、もっと本業に力を入れればきっと大成するだろうにと考えるのは、俺が素人だからであろうか。
「まぁ、それでもダヌさんがナクラを頼ったのは正解だった。あの女が動くからには、今度の行商から戻る頃にはちったあ風通しがよくなっているだろうさ」
「だといいのですが……」
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