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003 人体兵器
しおりを挟む青い空、白い雲、降り注ぐ陽光は暖かく、頬を撫でる風は優しい。
見晴らしのいい草原地帯。
おっとりした牧歌的な風景である。
だというのに……。
のどかな風景の中を疾走するのは、俺ことダイアが手綱を握る幌付きの荷車。
身を丸めて懸命にゴロゴロ転がっている相棒。がんばってくれてはいるが、いかんせん積み荷が多いことと道が悪いことが重なって、どうにも速度を出しきれない。
このままではじきに野犬の群れに追いつかれる。
野犬といっても、ただのイヌっころではない。
狂った生態系の影響をもろに受け、かつて人類の友と呼ばれていたのとはまるで別種の狂暴な生き物。いつも腹を空かせてはヨダレを垂らしているあいつらに捕まったら最後、骨も残らない。
しかし奇妙なこともあるものだ。
あいつらは基本的に夜行性、狩りをするのは日が暮れてから。一頭、二頭のはぐれならばともかく、真っ昼間にもかかわらず群れで襲ってくるだなんて。
「ちっ、しゃーない。囲まれたらやっかいだ。迎撃するからこっちは頼んだぞ」
俺は弓矢の準備をしつつ相棒に声をかけてから、今度は背後に向けて話しかける。
「それからダヌさんはけっして外に顔を出さないようにしてくれ。連中の牙と顎にかかったら、あんたの細首ぐらいすぐにもげちまうからな」
幌付きの荷台から御者席に顔を出そうとしていた訳ありの依頼人が、あわてて首を引っ込めたのをチラ見してから、おれは手綱を離し幌の屋根へとあがった。
◇
片膝をついた体勢にて後方の草むらを凝視。
俺は目に意識を集中する。とたんに視神経が機能を拡張。たちまち視野が広がり、より鋭敏となっては、遠くを見通せるようになる。
長く続いた大戦時、とある国が強力な兵器を開発すれば、負けじとべつの国がより強力かつ有効な対抗策を模索する。
不毛なる開発競争はとどまることを知らず。
人体をいじくるようになるまでにさして時間はかからなかった。
兵士時代、俺は拡張手術というものを施された。これは神経系および肉体の機能を一時的にだが高めるというシロモノ。最強の兵士を産み出すために研究された技術。とはいえしょせん人はどこまでいっても人でしかない。おのずと限界が見えたもので、すぐにべつの研究にとって変わられ、あっという間に廃れてしまったが……。
高い位置より周囲の状況を確認。
草むらに潜みつつ這うように駆け、追跡してくるのは十九体。野犬の群れとしては中規模。
うち五体が先行してこちらの左側面へと回り込もうとしている。
俺は視力の拡張を維持しつつ腕の筋力を上昇させる。ただし不必要にはあげすぎない。あとで反動が起きないよう、無理なく無駄なく調整。
「ふぅ」ひと呼吸入れてから、連続で矢を放つ。
当たり、当たり、はずれ、当たり、はずれ、はずれ。
命中率五割。揺れる車上にて双方が激しく動いていればこんなもの。俺の弓の腕前ならば上出来の部類である。もしも銃火器類が使えたのならば、八割ぐらいにまでは持っていく自信はあるのだが、あいにくとこの草原は忌々しい妖精の鱗粉の影響が濃いので使えない。
左側面へと回り込もうとしていた一団が断念して、後方の本隊へと合流すべく速度を落としはじめる。
けれどもほっとする間もなく、俺は腰の短双剣のうちの一刀に手をかけるなり、振り向きざまに抜いた。
黒刃を背後から猛然と迫る殺気にぶつける。
そいつはこちらの注意を左側へと引きつけているうちに、こっそり右側から忍び寄っていた別の野犬。
連中の群れは各々が役目を担っている。
追う役、攪乱する役、そして暗殺者のように潜んでは必殺の機会を狙う役など。
「ギャン!」
首を深々と斬られた野犬が派手に血をまき散らしながら、幌屋根の上から転がり落ちてゆく。
これで敵が手強いと悟って引き下がってくれたらいいのだが、連中はまだまだやる気みたいにてこの分では期待できそうにない。
俺は嘆息しつつ刃を鞘に戻すと、ふたたび弓に矢をつがえた。
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