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ココペリの笛
しおりを挟む森の奥から聞こえてくるのは素晴らしい笛の音。
その音色に惹かれて、木漏れ日の中をふらふらと歩いていく一人の男。
彼はついさっきまで絶望の淵にいた。
ピアノのコンクールに出場したものの、結果は散々。
ある審査委員からは、心無い言葉まで投げかけられ、すっかり自信を喪失。
いっそ首でもくくろうかと、森の中を彷徨っていたのだ。
そんな彼のウツウツとした心を洗い流し、きれいに浄化してしまった笛の音。
好奇心のままに体が勝手に動き、その音を追う。
どれぐらい歩いただろうか。
ふいに開けた場所へと出る。
そこでは切り株に腰かけて、黒のシルクハットをかぶり赤い蝶ネクタイをした、
大きなキリギリスが楽しそうに笛を吹いていた。
軽やかで、情熱的で、それでいて心に染み入る見事な演奏。
邪魔をするのも失礼なので、しばらくその音色に静かに耳を傾けている男。
すると、彼に気がついたキリギリスが演奏を中断して、話しかけてきた。
「おや、こんな森の奥にヒトのお客様とは珍しい」
「すみません。演奏のお邪魔をしてしまって。あまりにも素晴らしい音色なので、ついふらふらと、こちらまで足を運んでしまいました」
「それはなんとうれしいお言葉。ヒトに喜んでもらえたのは何十年ぶりでしょうかねぇ」
「何十年? こんなに素晴らしい演奏なのに。どうして誰も褒めてくれなかったのですか」
「それはですねぇ。このココペリの笛のせいなんですよ」
「ここぺりの……、ふえ?」
お洒落なキリギリスの話によると、
ココペリの笛とは、大地に恵を与える精霊ココペリの造った笛のことで、そこから奏でられる音色は、天上の天使たちも、あまりの心地よさに地上に舞い降りるとまでいわれているほどの名器。
しかし残念ながら、この音色はヒトの耳では聞き取れない。
だがごく稀にココペリの笛の音色を聞き取れるヒトがいる。
それはものスゴイ音楽の才能を秘めたヒト……。
「えっ! そのお話は本当でしょうか? でしたらボクにも才能が」
「はい。それはもう私が保証しますよ」
「ああ、よかった……。ボクはしがないピアノ弾きなのですが、自分の才能の無さに絶望して、もう音楽を捨てようかと悩んでいたところなんです」
「おお、それはなんたる偶然。これぞ音楽の神ミューズさまのお導き。きっと女神さまが、貴方の音楽の才能を埋もれさせないために、この出会いの機会を与えてくれたのでしょう」
「ああ、神よ感謝します。ボクは再び音楽に対する情熱を取り戻せました」
失いかけていた自信を取り戻した音楽家は、お洒落なキリギリスにお礼を言うと、すぐに森を抜け出し、家路を急ぐ。
いまはとにかく無性にピアノが弾きたくてしかたがなかったから。
あれから五十年もの歳月が流れた。
いまとなっては、あの出来事が現実だったのか、それとも夢であったのか、ボクにも確信がもてない。だけど、あのお洒落なキリギリスの言葉は本当だった。
たしかにあの後、ボクの中に眠っていた音楽の才能が目を覚ます。
だが残念なことに、それはピアノの才能ではなかった。
今ではボクは音楽界でこう呼ばれている。
鋼鉄の棒を三角形に折り曲げられた本体を、金属の棒で叩く打楽器。
トライアングルの第一人者と。
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