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054 愛の奇跡

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 僕が金庫を前にして物欲にまみれていた横では……
 ひとつの奇跡が起きていた。

「あんた」と目を醒ましたミヨ婆。
「……おまえ、まさか儂のことがわかるのか」とはタケさん。

 ふたりは抱き合ったまま、互いをじっと見つめている。
 過去に受けた酷い仕打ちのせいで、ミヨ婆は他人に触れられることを、とくに男性に触れられることを極端に嫌っている。
 それがいまはまるで嫌がっていない。
 むしろ自然体にてタケさんの胸の中に収まっている、身を委ねている。
 そこには日頃の取り乱した様子は微塵もない。
 壊れていた心、精神が正常に機能している?
 あぁっ! もしかしたら、これもあの梵鐘型緊急シェルターのおかげなのかも……
 にしても覚醒するなり、すぐに相手が誰かわかるだなんて、かなり凄くない?
 だってじつに半世紀以上ぶりだよ?
 これぞ愛の奇跡!

 あのタフガイなタケさんがわんわん泣いている。幼子のように泣きじゃくっている。
 そんな老狩人を抱きしめ、背中へと回した手でポンポンと宥めては「あらあら」と微笑むミヨ婆の瞳はどこまでも優しい。
 ずいぶんと遠回りしてきたふたりが、ようやく真の再会を果たした。
 それを邪魔するほど僕は野暮ではない。
 だからそっとひとり、その場を離れた。

  ◇

 何が出るかな♪ 何が出るかな♪ ちゃららら~♪
 鼻歌混じりで僕は金庫のレバーに手をかける。
 これまたラッキーなことに鍵はかかていなかった。
 ガッコンという音がして、レバーはあっさり引き下がる。

 じつはこの手の金庫の持ち主に多いんだよね。
 僕の勤務先のホームセンターでも金庫は扱っている。
 で、購入する客はそれなりにいるんだけど、毎度毎度ダイヤルを弄るのが面倒になって、そのうち鍵だけで開け閉めするようになる利用者が、ことのほか多いのだ。
 見た目は立派なのに、ほとんどコインロッカーと同じ使い方。
 せっかくの防犯設備が意味ねえじゃん!
 だが、実際にダイヤルを操作するのはクソめんどうので、ついサボりたくなる気持ちもわからなくはない。
 仕掛けがより大袈裟に、複雑になればなるほど、必要となる手間も増えるわけで。
 田舎特有の不用心さもあるのだろうけど、郡家の連中も横着をしていたらしい。
 もっとも、そのおかげで僕は易々とお宝を拝見できるわけだが……

 とおもったのだけれども、いざオープンという段になって、扉の方が勢いよく勝手に開いた。
 前のめりにて金庫に張り付いていた僕は、扉におでこをごっちん打ちつけて「アウチ!」うしろにひっくり返っては、痛さにジタバタ悶絶する。
 一方で、金庫の中からは足がにょきっと生えてきた。
 迷彩柄のズボンにブーツを履いた――女の足?
 そいつが内側から扉を蹴飛ばしたのだ。
 にしても、はて、なにやら見覚えがある足のような……
 涙目の僕はすぐにその足の主を思い出し、おもわず声をあげた。

「げっ、日向子!」

 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん♪
 とばかりに金庫の中からあらわれたのは、円地三姉弟の長姉。

「いや~、さすがのあたいも今度ばかりは死んだとおもったね。一か八かで蔵の中にあった大金庫に逃げ込んだまではよかったんだけど、これってば内側からは開けられなくて困ってたんだよ。空気は減る一方だし、すぅはぁすぅはぁ、あー新鮮な空気がウマい。
 って、あれ? またあんたかい。
 ふ~ん、偶然もこうも続けば運命なのかしらん。もしかしてあたいたちってば、トキメキの赤い糸で結ばれちゃってたりする? きゃはは。
 なんていう冗談はさておいて、なんだいこりゃあ?
 おうおう、村がキレイさっぱり無くなってるじゃないか」

 すっかり変わり果てた周囲の様子を、不思議そうに眺めている日向子。
 信じられん……こちとらロストテクノロジーでどうにか生き残ったというのに、なんという豪運の持ち主。
 しかし困ったな、僕はずっとドキドキしっぱなしである。
 だって、だって、彼女の弟たちを殺めたのって僕とタケさんなんだもの。
 襲われたから仕方なく返り討ちにしたとはいえ、日向子にとっては僕たちは弟たちの仇になるわけで。
 バレたらヤバい、どうしよう? いっそのこと彼女が油断しきっている隙に殺……
 なんぞと僕が考えていたら、急に日向子がこっちをふり返った。

「ん? いまなにやら熱い視線を感じたような気がしたんだけど」

 じーっと見つめられて、僕は冷や汗だらだら。
 下手な言い訳をしたら、かえってボロがでる。
 かといって、異性相手に気の利いた台詞をとっさに口にできるほど、僕はタラシではない。
 そんな僕の窮地を救ってくれたのは、ずっとポケットに入れっぱなしにしてあった品。

「あー、いや、アメ食べる? っていっても、前にキミに貰ったのだけど」

 カメレオン味の棒付キャンディー。
 差し出すと、日向子は「おっ、サンキュウ、ちょうど糖分が欲しかったところなんだ」と喜色満面にて受け取った。
 ふぃ~、セーフ、なんとか誤魔化せて僕は心底ほっとした。


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