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052 カルネアデスの板
しおりを挟むゴゴゴゴ……
不気味な地鳴りがあいかわらず続いている。揺れはますます酷くなる一方だ。
祝い山の方をちら見すると、頂上部よりドロリと溢れ出した溶岩流が着実にこちらへと近づいてきていた。
村の周囲へと目をやれば、はや崩れ始めている岳もある。
破滅と崩壊の刻は、すぐそこまで来ている。
丁半博打で用いられる笊(ざる)の振り壺のような形をした梵鐘、大きさは高さ2メートルほどで、直系は1メートルあるかないか。サイズとしてはよく散見されるタイプである。
内側へと潜りこんだ印象は、怪しげな細長い雑居ビルとかに設置されているエレベーターのようだ。ぶっちゃけ狭くて息苦しい。
そんな梵鐘の下にて、僕とタケさんとミヨ婆に老住職の四人は肩身を寄せ合う。
カッチャン。
コイン投入口に百円玉を押し込む。
入れる時、指先にちょっと強めに力を込めた。
いや、ほら、たまに金を取るだけとってウンともスンともいわない、ナメた自販機とかあるからね。百円玉は一枚しかない。失敗は許されない。
ありがたい……というか当たり前なのだけどれも、百円玉はちゃんと受理されたようで、さっそく足下が淡く光りだし、梵鐘がゆっくりと降りてきた。
正直なところ「こんなので本当に大丈夫なのか?」とはなはだ不安だが、他に頼れるものがないので、こいつに賭けるしかない。
にもかかわらず……
不意にガタンと音がして、梵鐘の下降が途中で止まってしまった。
でもって赤ランプが点灯して鳴り始めたのは、かん高いビープ音である。
パソコンとかが故障した時に鳴る、あのドキリとして心臓に悪いやつだ。
梵鐘内にアナウンスが流れた。
『定員オーバーです。本基のご利用は三名までとなっております。定員オーバーです。本基のご利用は……』
繰り返される機械ボイスに僕たちは愕然とする。
この期に及んで、ひとりだけ助からない?
そんなバカな……これじゃあまるで、カルネアデスの板じゃないか。
カルネアデスの板とは――
古代ギリシアの哲学者カルネアデスというおっさんが、言い出しっぺとされている思考実験の問題である。
一隻の船が難破して、乗組員は全員海に投げ出された。
そのさかなのこと、ひとりの男が浮かんでいた板に掴まることで、どうにか沈まずにすんだのだけれども、そこにもうひとり板に掴まろうとする者があらわれる。
板の浮力ではふたりはとても支えられそうにない。
さぁ、こんな時、貴方ならどうする?
という緊急避難の例として引用される定番の寓話である。
「おい! ふざけんなよ。爺さん婆さんなんて、合わせたところで、大人ひとり分にもなりゃしないだろうがっ。ケチ臭いこと言ってんじゃねえ!」
ガンガン梵鐘を叩いて僕は抗議するも、返ってくるのは無情なアナウンスばかり。
究極の選択。
アニメやマンガに登場するヒーローだったら、決め顔にてカッコいい台詞のひとつでも吐いて、みんなで助かる道を思いつくのだろうけど、あいにくと僕はしがないホームセンターの店員である。頭の出来なんぞはたかが知れており、そうそう都合よく窮地を打開するアイデアなんぞは考えつかない。
どうしよう……どうしよう……どうしよう……
わからない……わからない……わからな……い?
本当に?
本当にわからないのか?
本当に? 本当に? 本当に?
僕の中の悪魔がにへらとの笑みにて囁く。
『おいおい、いまさらじゃないか。何を悩んでいるんだ? いい子ちゃんぶってんじゃねえよ、ケケケ。老い先短いのより、まだまだ先があるおまえが助かるのが当然じゃないか』
すかさずこれに反論したのが僕の中の天使である。
『いいえ、なりません。今夜やらかしたアレやコレは、辛うじて緊急避難の範疇といえなくもありませんが、今回の場合は過剰避難に抵触する恐れがあります。裁判したら、負けますよ?』
ぐぬぬ、だったら僕はどうしたらいいんだ?
すると悪魔と天使はひそひそ相談の上でこう言った。
『とりあえずタケさんはキープだろう。なんてったって頼りになるからな』
『ええ、そうですね。だとしたらミヨ婆もはずせませんよ。タケさんのコレですもの。老いらくの恋なんて、素敵です』
小指をおっ立てて、天使がにやにや。
『だったら答えはひとつしかねえな』
『ですね』
裁判うんぬんの話はさておき、悪魔と天使はサクっと結論を出した。
どうやら僕の中の悪魔と天使は、翼の色が違うだけで、中身は似たり寄ったりだったようである。もっともベースが僕の心だからそれもしょうがあるまい。
というわけで、僕が老住職の方をふり返るも……あれ?
住職がいない。
どこに行ったのかとおもったら、梵鐘の外にいた。
う~ん、さすがは仏の道に生きてきただけのことはある。
居たたまれない空気を読んで、みずから身を引いたか。
僕がホトホト感心していると、老住職が言った。
「拙僧のことは気にするな。どのみち限界であったのだ。拙僧は初代から数えて四十九代目のクローンであったが、悠久の刻の中、代を重ねるうちに細胞の劣化がじょじょに進行しておってな。記憶の継承も怪しくなっていた。
それにもはや守るべきものもない。役目を終えたからには、この地とともに滅びるまで。
主さまたちはついにお戻りになられなかったが、それもまた運命(さだめ)であろう。
あぁ、にしても長かった。
ようやくだ。ようやく楽になれる」
老住職の独白。
いろいろと気になる香ばしいキーワードが散りばめられていたが、詳しく聞いてる時間はなかった。
赤ランプとビープ音が止んで、梵鐘が再び動き始めたからである。
「あ、はい。じゃあ、そういうことで。おつかれさまでした~」
僕がねぎらいの言葉をかけたところで、梵鐘が降りきる。
とたんに音がふつりと途切れて、揺れも感じず、僕たちは外界から完全に遮断された。
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