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040 竹藪の中
しおりを挟む竹林の中を懸命に逃げるミヨ婆。
だが、悲しいかな老いさらばえた身では追っ手を振り切れない。
はや息もあがっており、胸が苦しい、卒倒しそう。
と、おもったら前方の竹を避け損ねてぶつかってしまった。
はじかれ転んだミヨ婆が、慌てて立ち上がろうとするも、すぐ背後にてカサリと落ち葉を踏む音がした。
ふり返ったミヨ婆は「ひぃいぃぃぃぃぃ」と悲鳴をあげる。
うしろに立っていたのが、裏返った亡者――裏返りであったから。
裏返りは、めくりさまに体をめくられた者の末路。
怪異により作られた、新たな怪異。
これの恐ろしいところは、ゾンビのごとく生者へと襲いかかっては、次々に仲間を増やすこと。
裏返りは生者の温もりに惹かれており、子どもも年寄りも見境なく襲いかかる。
憐れな老婆とて、もちろん例外ではない。
そう、ミヨ婆を執拗に追っていたのは、裏返りたちであったのだ。
覆いかぶさってきた裏返りに、ミヨ婆はたちまち組み敷かれた。
ミヨ婆は手足をバタつかせ、爪を立てたり、噛みついたりもしたけれども、相手はビクともしない。
それもそのはずだ。なにせとっくに死んでいるのだから。
容赦なく口の中へと指を突っ込まれて、ミヨ婆はむせび泣く。
でも、次の瞬間――
ドガッ!
重たく鈍い音がして、血飛沫が散る。
急に圧が失せた。
「……ふぅ、ギリギリ間に合ったようだな」
駆けつけた隻眼隻手の老狩人の仕業であった。
老婆へと襲いかかっている裏返り、無言のままその背後に近づき、側頭部めがけてバールの一撃を放つ。
「……大丈夫か、怪我はないか、立てるか」
声をかけるタケさんの目はつねになく優しい。
けど……
「ひぃひぃ、いや~、いや~」
返ってきたのは、ミヨ婆からの強い拒絶であった。
向けられるのは感謝の眼差しではなくて、憎悪と嫌悪がこもったもの。
たんに怯えているのとは違う。
それは彼女の心身および魂にまで刻まれた、決して消えない疵による忌避。
ミヨ婆は他人に触れられることを、とくに男性に近寄られるのをことのほか嫌う。
過去に彼女が受けた仕打ちからすれば、それも無理からぬことにて。
それを理解していたからこそ、タケさんもまた村へと舞い戻ってからは、不用意に彼女を刺激しないようにと、極力接触を控えて陰ながらの支援に留めていた。
あぁ、無情……
わかっていたことだ。
だが、それでも差しのべた手を全力で打ち払われるのは、おもいのほか堪える。
頼むから、そんな目で自分を見ないでくれ! と叫びたくなる。
心がギチリと軋む。
後悔と慙愧の念がよぎっては、渦を巻く。
どうして……、どうしてあの時自分は、周囲の反対を押し切ってでも、たとえ村中を敵にまわしてでも郡家の屋敷へと乗り込み、彼女を連れて逃げなかったのかと。
その結果が、このざまだ。
タケさんは自嘲しつつ、カッと隻眼を見開き怒鳴った。
「……動けるのならば、とっとと寺へ行け!」
一喝された老婆は、あわあわ逃げるようにしてその場を立ち去る。
その背を見送ることなく、タケさんはバールを持ち直す。
視線の先には裏返りどもの姿があった。
ミヨ婆を助ける際に打ち据えた連中だが、やはりバールで殴打した程度では倒しきれず。ほんの一時しのぎにしかならなかったようである。
「……ある意味、眷属よりもやっかいだな。強さはたいしたことないが、とっくに死んでいるから、頭を潰そうが心臓をくり抜こうが、さして効果が期待できん。この分では手足の一二本を斬り落としたところで、止まりそうにないな。
やれやれ、こっちは腹の傷まで開いて、息も絶えだえだというのに」
老狩人はペッと赤いツバを吐き、自ら裏返りたちへと近づいていく。
◇
僕が運転する軽トラックが竹林へと到着したところで、藪の中から姿を見せたのはミヨ婆であった。
ふらふらと数歩進んだとおもったら、その場でパタリと倒れたもので、僕は驚き駆けつける。
ミヨ婆は気を失っていた。あちこちすり傷だらけにて、見るからに疲労困憊、ついに限界を迎えたのであろう。
僕は彼女をそっと抱きかかえると、軽トラックの助手席に運び込む。ドアには鍵をかけておく。
気休めだが、荷台に寝かせておくよりかはマシであろう。
でもって、こうなると心配なのがタケさんのこと。
続いて出てくるかとおもったが、その気配がない。
散弾銃を担ぎ、僕はウエストポーチの中をざっと確認する。
(かなり減っちゃったけど、弾はまだ余裕がある。これなら……)
一度、深呼吸をしてから、僕は竹藪の中へと足を踏み入れた。
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