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039 救助
しおりを挟む猛スピードにて軽トラックが人の密集している所へと突入する。
僕たちの出現により、石橋周辺は交通事故多発エリアと化す。
そして続く巨大おたまじゃくしの登場にて、地獄の狩り場へと変じた。
動き回って小腹がすいたとばかりに、長い舌をでろ~んとのばしては、手当たり次第に捕食していく。舌で巻き取り、引き寄せては、開けた口の中へと放り込む。
ガリ、ゴリ、ガリ、くちゃくちゃくちゃ。
下品で不快な咀嚼音がする。
雑な喰い方であった。口の端からぽろぽろと零れるのは、千切れた人体の一部や肉片など。滴る血で足下がびちゃびちゃに濡れる。
異様なのは、そうやって悲惨な最期を迎えているというのにもかかわらず、悲鳴ひとつあげずに、虚ろな目をしている傀儡たちだ。いちおう抗う素振りはみせるものの、そこに意志はなく、機械的にバタバタしているだけ。
比べて裏返りどもは、まだマシだ。キーキーと喚きながら、必死に嫌がっており、そこには本能とか、感情といったものが、若干ながら垣間見える。
こうなると、どちらが亡者かわかったものではない。
もっとも、最終的には巨大おたまじゃくしの腹の中へと収まることに変わりはないのだけれども……
奴が食事に夢中になっているうちに、僕は軽トラックをUターンさせる。
だが困った、外部へと続く唯一の道を断たれてしまった。
徒歩での山越えも、いまの自分たちの状態と置かれた状況からして、現実的ではない。
もう、いっそのこと村の連中と合流して協力――はないな。
あんな意固地でめんどうくさい奴らと組んだところで、えらそうに顎でこき使われるのがオチだ。挙句の果てには、レミングの集団自殺のように仲良く自滅する未来しか想像できない。
祖父や両親たち……家族が存命であったのならばともかく、いまさら連中とつるんだところで僕にはデメリットしかない。よって、この考えは却下。
となれば、あとは隠れてやり過ごすぐらいしか選択肢はないだろう。
じきに夜も明ける。組織の応援とやらが駆けつけてくれるまで時間を稼ぐのだ。
そうなると問題は潜伏場所なのだが、さて、どうしたものか……
「……おいアキ坊、寺だ。寺へ向かえ。あそこなら、もしかしたら……」
荷台よりタケさんのお達し。
あくまで可能性に過ぎない、との前置きにて。
今夜の事変、村のあちこちで血が流れ死傷者続出、誰も彼もが巻き込まれている。そんな渦中にあって、ずっと山門を閉じ沈黙を守っていたのが寺である。
吸血鬼の手下どもも、不思議とあそこにはちょっかいを出していない。
寺やその裏にある祝い山と呼ばれる一帯は、磁場が乱れており、高自然放射線地域であることは調査により判明している。
また寺には「うつろ舟伝説」なるものが残っており、祝い山の下にはうつろ舟の離着陸場があるのでは? なんぞという荒唐無稽な珍説がまことしやかに囁かれている。
いまどき空飛ぶ円盤? 未確認飛行物体? 宇宙人襲来? UFOの秘密基地?
ちゃんちゃらおかしい、ヘソで茶が沸くレベルである。
フッと鼻で笑いたいところ。
なのだが、今宵体験した数々のことを思い返すと、完全には否定しきれない自分がいることを認めざるをえない。
宇宙船うんぬんの与太話はともかくとして、寺には何かがあることはたしか。
それに一縷の望みをかけて、僕たちは向かうことにした。
◇
寺は村の最北東部に位置しており、行くにはどうしても村の中を縦断せねばならない。
軽トラックを慎重に走らせる。
僕は周囲を警戒しつつ、メーターをちら見。
ガソリンの残量が少々心許ないが、寺まではもつだろう。
速度はかなり落としている。時速20km程度でノロノロ運転だ。
ヘッドライトも消してある。
目が闇に慣れてきたこともあって、暗くてもどうにか進めている。
ここまで慎重に行動しているのは、紛争のせいで村中が異様に殺気立っているからだ。
村の中央部へと近づくほどにピリピリしている。剣呑さが倍々に跳ね上がっていく。
敵と味方が入り混じっており、こんな殺伐とした状況下では、どこから矢玉が飛んでくるかわかったものじゃない。
また、下手に縋られても困る。
悪いが僕は自分のことだけで手一杯だ。とてもではないが、他人に手を差しのべている余裕なんぞはない。
だというのに……
「……停まってくれ、アキ坊」
タケさんより急に言われて、僕はブレーキを踏んだ。
「こんなところでどうしたの?」
「――しっ! 静かに」
言われて、僕は慌てて口をつぐむ。
すると微かに聞こえてきたのは……悲鳴?
タケさんがじっと見つめていたのは、ここから畑ひとつを挟んだ向こうにある竹林の方である。
だから僕もそちらを、じーっ。
すると闇の奥にチラチラ浮かんできたのは人影である。
ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……数は全部で六。
逃げている誰かを、五人が追いかけているようだけれども。
「……アキ坊。おまえは先に行け。儂はあれを助けてから寺に向かう」
えっ、いまさら人助け?
僕はおおいに困惑する。
「ちょ、ちょっとタケさん、待ってってば」
慌てて止めようとするも、タケさんは聞く耳を持たない。バール片手にさっさと荷台から降りてしまった。
どうしてタケさんが、いきなりこんなことを言い出したのか?
答えは、追われている人物。
誰かとおもえばミヨ婆であった。
かつてふたりは将来を誓い合った仲であった。
けれども運命の悪戯により、婚儀を目前にして引き裂かれ、彼らの道は分かたれた。
以降、男はヴァンパイアハンターとして修羅道を生き、女は村の慰み者として飼われる苦界に身を沈め、ついには心まで壊れてしまった。
本当ならば動けるわけがない。それほどの傷を負ってもなお足を引きずり、ミヨ婆のもとへ駆けつけようとするタケさん。
かつて愛した女の窮地に遭遇して、老狩人は居てもたってもいられなくなったようである。
遠ざかるその背中に、僕は「アーッ、もう!」と苛立ちハンドルをダンダン叩く。
「それならそれで『ちょいと手を貸せアキ坊』って言えばいいのに! ひとりでカッコつけやがって! ちくしょう、いくらなんでもカッコ良すぎるってんだよ、この野郎!」
ヘッドライトをつけて、僕は軽トラックを急発進させた。
ただし寺へは向かわない、ちょっと寄り道をする。
軽トラックではあぜ道を抜けられないので、この先を迂回して竹林へと向かう。
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