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037 暴走モード

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 肩に担いでみて僕は驚く。
 おもいのほか老狩人の身が軽かった。ライフルや散弾銃の方が重く感じるほど。
 こんなに軽いのに戦っていたんだ……ズタボロになりながらも人知れず、ずっと戦い続けてきたのだ。
 なんという壮絶な人生だろう。
 タケさんの身の上話を思い出し、僕は無性に悲しい気持ちになってくる。
 でも、いまは感傷に浸っている時ではない。
 すぐにこの場を離れないといけない。

 タケさんを連れて僕は正門を抜ける、館の敷地の外へと出た。
 ここは山の中腹に位置している。
 村の方を見れば、方々で煙があがっており、喧騒はなおも続いている模様。
 郡家の屋敷もついに陥落したのか燃えていた。
 おおかた円地日向子の仕業だろう。戦争ごっこに飽きて火を放ったか。時おり銃声が聞こえてくることからして、マンハントに切り替えたか。
 日向子のことを考えたとたんに、彼女にやられた脇腹の傷がズキンとうずいた。
 僕は顔をしかめ、麓へと続く坂道の方に目を向ける。
 すると――

「しめた! 車があるぞ」

 軽トラックが駐車している。
 場所と状況からしてアルカ・ファミリア財団が所有する車両であろう。捕獲しためくりさまを運んでくるのに使ったのか。
 運転席のドアが開いている。もしかしたらキーが差しっぱなしかもしれない。
 もしもキーが無ければ、ステアリング・コラムをちょこちょこ細工して――映画のシーンでよく見かけるアレのこと。バリバリ違法行為なので良い子はマネしちゃダメ!――エンジンをかけるだけのこと。
 だが、その必要はなかった。
 鍵は残っていた。
 ツイてる! これも日頃の行いの賜物であろう。
 僕は自分を褒めつつ、タケさんを荷台へと放り込み、さっそく運転席へと座ろうとしたのだけれども……

 ドォオォォォォォォォォーン!

 上の方でもの凄い音がした。
 ふり返れば、館の門周りが粉砕されていた。土煙の奥からのそりと姿をあらわしたのは、巨大おたまじゃくしである。
 見た目は先ほどまでとさして変わらない。
 でも、大量にある目がすべて真っ赤になっており、黒い涙を流していた。口元からも黒い血をだらだらとヨダレのごとく滴らせている。
 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……息づかいは荒い。
 何やら纏っている気配が、よりいっそうヤバそうに感じるのは、僕だけであろうか?

 いいや、気のせいなんぞではなかった。
 濡れた犬がやるような仕草にて、ぶるるんとひと振りしてから、巨大おたまじゃくしが咆哮する。
 真夜中の山間部一帯に轟く大音声。
 それは特大の雷が落ちたかのような衝撃を持ち、大気だけでなく、木々どころや山すらもがビリビリ震えた。
 怒れる獣の号哭(ごうこく)のようでもあり、ゴゴゴという地鳴りにも似た不穏な音でもあり、無性に聞く者の心をザワつかせる。
 もしも気の弱いものならば、たちまち恐慌状態に陥ったかもしれない。

 僕の耳にはあの咆哮が「この村にいる連中はみんな自分のエサだ。これから食べにいくから、おとなしく待っていろ」という死刑宣告のように聞こえた。
 それがけっして勝手な思い込みではない証拠に、巨大おたまじゃくしがこちらにヌルヌル身をくねらせ向かってくるではないか!
 僕はすぐにキーをまわしてエンジンをかける。
 幸いなことに映画などでは定番の『肝心なときにかぎって、なぜだか車のエンジンがかかりづらくなる現象』は起きずに、一発でかかった。
 すぐさまサイドブレーキを解除し、シフトレバーをPからDへと。思い切りアクセルを踏み急発進する。
 ちょっと発進の勢いがつき過ぎて、荷台の方でゴンっと音がして僕は「あっ」

(タケさんごめん)

 心の中で詫びつつ、僕はハンドルを握り、猛然と走り出す。

 間一髪のところであった。
 入れ違いにて、さっきまで軽トラックが停車していたところに、巨大おたまじゃくしが転がるように落ちてくる。
 巨大おたまじゃくしは行儀よく道沿いなんぞには進まず、強引なショートカットにより、まっすぐ僕たちの方へと向かってきやがった。
 にしても速い!
 見た目こそ鈍重なおたまじゃくしだが、その動きはヤモリのようだ。
 ちなみによく似ているイモリは両生類で、ヤモリは爬虫類である。漢字では『井守』『家守』と書く。

 巨大おたまじゃくしは、生やした手足を使って器用に陸上を移動する。
 進路を遮る物はそこのけそこのけ、乱雑に薙ぎ倒し、蹴散らす。
 それだけ軽快に動けるのならば、ひょいとかわせばいいものを、わざわざ木に頭突きをかましてはへし折り、突き進む。
 まるで破壊の権化にて、暴走しているかのようだ。
 そのくせ執拗に軽トラックを追いかけてくるもので、ハンドルを握る僕は半べそをかきながら「ひぃいぃぃぃぃ」

 しきりにバックミラーやサイドミラー越しに後方の様子を気にする。
 けれども、ちらちら脇見運転していたのが良くなかった。
 前方を照らすヘッドライト、その明かりの隅にふらりと人影らしきものが見えたとおもったら、次の瞬間――

 どんっ!

 車体に強い衝撃。
 フロントガラスにもヒビが入る。
 僕は冷や汗たらり。
 あっ、マズイ、いま誰か撥ねちゃったかも。
 どうやら暴走していたのは巨大おたまじゃくしだけでなく、僕もであったらしい……


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