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035 メタモルフォーゼ
しおりを挟む頭部を吹き飛ばされ、胸に風穴を開けられた喪服の貴婦人が、ダンスでも踊るかのようにして回りながら、ゆっくりと倒れていく。
通常ならば破壊された部位が瞬時に復元するのに、その兆候はナシ。
さすがはバカ高いだけのことはある。白銀色の弾丸が対吸血鬼戦の切り札というのは本当であった!
だが、まだ油断はならない。
なにせ相手は純正の吸血鬼にして、その中でもかなり高位の存在なのだから。
「……よし、やったぞ。おお、そうだ。せっかく盛大な焚き火があるんだ、これを使わぬ手はない。火の中に放り込んでしまおう」
と、タケさん。
火をすべてを浄化する。
それに閑古鳥の館が完全に燃え尽きる頃には、陽もすっかり昇っていることであろう。
銀の銃弾に火と太陽のトリプルパンチ。
さしものサレスもきっとくたばるはず。
なお、わずかに残っていた無事な眷属たちは、主人がご覧のありさまになったとたんに、呆然自失にて立ち尽くすばかりとなっていた。
吸血鬼と眷属の結びつきは特別にて、いきなり魂を半分持っていかれたかのような衝撃を受けて、こうなってしまったらしい。
そんなにショックならば、いっそのこと後追い自殺でもしてくれたら、手間が省けていいのだが……
なんぞと悪辣なことを考えつつ、折り重なるようにして倒れているサレスとめくりさまの骸……というか残骸へと近づく。
でも、残り五メートルほどの距離になったところで、不意に僕の心臓がドクンと跳ね、気づけば「ちょっと待って、タケさん!」と声をあげていた。
「……どうしたアキ坊? あんまりグズグズしていたら、またぞろ甦るぞ。なにせ吸血鬼はしぶといからな」
「えっと、ごめん、タケさん。自分でもよくわからないんだけど、ただなんとな~く、厭な予感がしたものだから」
ズブの素人の勘である。適当なおもいつきのようなもの。
だからてっきり笑って相手にされないのかとおもいきや、タケさんは「……ほう」と意外にもマジメに応じた。
そして僕と同じく足を止めたままにて、じっと様子を伺う。
「自分で言っておいてなんだけど、どうして信じてくれるの」
「……なぁに、アキ坊の爺さんもそうだったからな。アイツも妙に勘が鋭いところがあってなぁ。もっとも、そのせいで儂の正体も早々にバレちまったんだが」
組織から村を見張るために派遣されてきたタケさん。
かつての面影はなく、すっかり風貌が変わっていたタケさんのことを、すぐに思い出したばかりか、ただの猟師ではなくてヴァンパイアハンターであることをも、ついには突き止めたという僕の祖父。
祖母が亡くなってからは、縁側で背中を丸めて、ぼんやり茶を啜っている姿ばかりが記憶されている。しかし僕の祖父にそんな一面があったとは……人は見かけによらないものである。
そんなことはさておき――
結果だけを先に述べれば、僕の勘は正しかった。
迂闊に近づかなくて正解であったのだ。
ただし、それゆえに事態が好転したかといえば、はっきり言ってノーである。
むしろ事態はより混迷の度合いを深め、悪化しまくる。
何の脈絡もなく、それは起きた。
唐突に膨れ上がったのはサレスの体である。
喪服の貴婦人がぶくぶく太って大きくなっていき、あっという間に見上げるほどにもなった。
球体に尻尾みたいなのがくっついている。
その形状をひと言であらわせば、おたまじゃくしである。
巨大なおたまじゃくしがビチビチ、もぞもぞ。
していたとおもったら、急ににょきっと四肢が生えた。
このまま尻尾が短くなっていったら、カエルになるのかもしれない。
けど、そいつのメタモルフォーゼは、ここでいったん終了のようである。
その代わりにバクンと開いたのは、大きな口。妙に歯並びがいいのと、だらりと垂れたベロが気持ち悪い。
いや、もっと気持ち悪いのは、体の表面のいたるところに浮かびあがった大量の、目、目、目……
びっちり、たくさんの目たちは、おもいおもいにギョロギョロと好きな方向を見ている。
好奇の眼差しに、白けた目、やたらとパチパチまばたきをしているものもあれば、濁っていたり、充血していたり。鋭い視線のものもあれば、のほほんとしたものもある。死んだ魚の目のようなものに、白目の部分に対して黒目が小さい三白眼、仏像のような鳳眼、きょどきょど怯えたもの、上目遣いに媚びを売るもの、胡乱そうにこちらの様子を探るもの、強い憎しみを抱くもの、キリリと吊り上げては明らかに怒っている目もある。
さながら眼の展覧会。
目は口ほどに物を言うらしいが、まさしくその通りであった。
「うわっ、ナニこれ?」
「………………」
僕とタケさんは相手を刺激しないように、ゆっくり後ずさりながら距離を取る。
大量にある目の中には、そんな僕たちの動向をじっと冷静に観察しているものもあった。
世にも奇妙でおぞましい姿をした巨大おたまじゃくし。
不意にだらしなく垂れていた舌を動かし、絡め捕ったのはめくりさまの食べ残し。
シュル、シュタッ、ごっくん。
カエルやカメレオンのごとき捕食シーンにて、パックンチョ。
めくりさまは儚くもお隠れになった。
だが、それだけでは終わらない。
舌はさらにでろんと動く。
せっせと捕まえ呑み込んだのは、周囲にて生き残っていた眷属たちである。
瞬く間にすべてをたいらげてしまった。
巨大おたまじゃくしは「ケフッ」見た目によらぬ可愛らしいゲップをした。
こうして火事場に残されたのは、僕たちと巨大おたまじゃくしのみとなった。
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