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033 命の冒涜
しおりを挟む破壊、欠損、蹂躙、侮辱、侵害、凌辱……
地上に生きとし生ける者たちの尊厳を嘲笑い踏みにじり、そのすべての命を冒涜するかのような浪費。失うばかりにて、大切なはずの何かが無意味に垂れ流される。
吸血鬼と怪異の不毛な戦いは続く。
それを横目に、僕とタケさんは次なる一手への準備を始めた。
いったん退き離れた暗がりへと移動し、狙撃ポイントを探す。
ターゲットに気取られることのない死角にて、確実に当てられる位置と距離、なおかつ射線を遮るものがない所。
幸いなことに条件に合致する場所はすぐに見つかった。
ほどよい繁みのある木陰にて、火事の明かりも届かず、いい塩梅に闇が濃い。
身を潜めるのにはもってこいだ。
タケさんのライフル銃は、高い命中精度を誇り、信頼と実績のあるボルトアクション式である。
僕はライフル銃を扱ったことがなかったので、タケさんの指示のもと装填を行う。
作業はすぐに完了した。あとは引き金をひいてぶっ放すだけなのだけれども、ここで重大な問題がひとつ。
それはタケさんの状態だ。
左腕は損壊しており、右目も潰れてしまっている。腹にも刺し傷があり、どこもかしこもボロボロ、激戦につぐ激戦にて疲労もかなり蓄積している。
この状態では、とてもではないがまともにライフル銃をかまえられない。
二脚銃架でもあれば、腹ばいの姿勢になって射撃できるのだが、あいにくと持ってきていない。代用できそうな品も近くには落ちておらず……
さて、老狩人はどうするつもりなのか。
僕がひそかに気を揉んでいたら、タケさんはトンデモナイことを言い出した。
「……銃架もスコープの役割りも儂がする。だからアキ坊には引き金の方を頼む。儂が合図をしたら撃て」
タケさんが片膝をつき、銃身を肩に担ぎ固定し、狙いを定め、タイミングを見極める。
僕はその時がきたら、指一本を動かすだけ。
それだけといえばそれだけ、だが心配なのが動作により生じるであろうタイムラグだ。
フライングなんぞは論外、かといって遅すぎるスタートもまたしかり。
合図を耳にしてから指を動かす。
聴覚と神経を研ぎ澄まし、刺激に反応して対処せねばならない。
すべては刹那のこと、コンマ一秒以下の世界――
使える弾は二発のみ。頭と心臓を立て続けに射抜かなければならないので、実質一発勝負と同じことであろう。
それをぶっつけ本番で成功させる?
このヤバい状況下と悪い条件が山積みで?
「え~と、本気なのタケさん」
「……儂はいつだって本気だ。そしてアキ坊ならばきっと出来ると信じている………………たぶん」
「そこは嘘でも言い切って欲しかった!」
「……ちなみにその弾だがな。一発で屋根付きのガレージのある豪邸に、家具一式と外車がついてくるぐらいの値段がする」
「――っ! お願いだから、これ以上余計なプレッシャーをかけないでっ!」
うぅ、はずしたらどうしよう。
まさか弁償しろとか言わないよね?
◇
不本意ながら準備は整った。
あとは向こう出方次第となる。
そして吸血鬼と怪異のガチンコファイトなのだが、ここにきて潮目が変わりつつある。
デタラメ具合では同等な両者なのだが、じつは決定的な差があった。
それは栄養補給の方法である。
サレスはどういった原理かは不明ながらも、口元をすぼめてちゅうちゅうする仕草だけで、離れたところにいる眷属から血液を吸える。
しかし、めくりさまはそんな器用なことは出来ないので、手づかみにてムシャコラ。
激しい戦いのさなかのことだ。さして動きを止めることなく暴れ続けるサレスと、いちいち戦闘を中断しては、軽食を挟まなければならないめくりさまと。
いかにめくりさまが底なしの健啖家で、なおかつ早喰いを得意としていようとも、どうしたって遅れをとる。
ばかりか、サレスはもぎ取っためくりさまの体の部位を、その都度舐めたり齧ったりもしていた。
効果は著しい。吸血鬼はその分だけスクスク強くなる。
それはめくりさまも似たようなものだけれども、手数や勢いの差が、そのまま吸収率や成長度合いの差となり、如実にあらわれている。
あとは単純に戦闘経験の差もあるのだろう。
ずっと祀られ封印されていた、めくりさま。
つねに敵対組織に所属するヴァンパイアハンターたちからつけ狙われ、幾多の戦いを経て、時には同族間での権力闘争をも制し、いまこの地に降り立っているプレギエーラ・アル・サレス。
もしもハンターたちが、みんなタケさんみたいに勇猛果敢な戦士揃いであったのならば、さぞや苛烈なことであったろう。
歩んできた道、潜ってきた修羅場の数が違うであろうことは、容易に想像がつく。
その他もろもろの結果として、着実に勝敗の天秤がサレスの方へと傾きつつあった。
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